■著名人インタビュー
総合エンターテインメントプロデューサーとして、モーニング娘。など人気アーティストを世に送り出したつんく♂さん。2014年からは、自身の母校・近畿大学の入学式をプロデュースしています。15年には祝辞の中で、喉頭がんの手術で声を失ったことを公表し、話題になりました。つんく♂さんが大学の入学式に込める思いとは何か、朝日新聞Thinkキャンパスの平岡妙子編集長が聞きました。(写真=近畿大学提供)
>>2023年度 近畿大学入学式 ウェルカムパフォーマンス(YouTube)
>>2015年度 近畿大学入学式ダイジェスト(YouTube)
悔しさを引きずる学生が、未来に目を向けるきっかけを
――近畿大学の最近の入学式を動画で見ました。ものすごく華やかで、自分が新入生だったら「近畿大学に入学してよかった」と感激すると思います。どうしてこのような入学式をつくり上げようと考えたのですか。
僕が近畿大学に入学したのは37年前ですが、入学式の記憶ってぼんやりというか、これ!というような何かをしっかり覚えてないんですよね。もしかすると、それは僕だけじゃないように思います。時代背景もあるでしょうが、近畿大学だけの話でもないとも思うんですね。入学式って大学生活の一場面にすぎないというか、どっちかというと面倒くさいものの一つというか(笑)。一般的には慣習というか、前例踏襲の空気があるじゃないですか。でも、近畿大学は「入学式を変えよう」と考えたんだと思います。実はなかなかの盲点だったって僕も思います。
おそらく、それまで入学式における新入生の気持ち(趣)はバラバラだったはず。頑張って勉強して近畿大学にたどりついた人もいれば、第1志望の大学に入れず、悔しい気持ちを引きずって入学する人もいるはずです。そのバラバラな気持ちを、同じ地点まで引っ張り上げる機会が入学式だと。
入学式で「この大学なら大丈夫」っていう安心感や期待感を持たせたい、「近畿大学を選んだのは間違いではない」と思えるよう背中を押したいという大学の考えに、僕も共感しました。
――確かにどこの大学でも第1志望で入学できる学生は、ひと握りです。いまおっしゃった問題はどの大学にも共通することですが、ほとんどの大学の入学式では全員に向かって「おめでとう」を言うだけですね。
近畿大学の入学式は、 僕が入学した頃とは、時代も出生率も違うし、比較にはならないけど、おそらく大学側が入学式に込める愛の方向が違うんだと思います。そんな愛情の一つとして、闘病中の僕に「プロデュースをお願いします」と言ってくれたのだと思うし、その愛情に応えたいと思えたから、僕も入学式で自分の正直な思いを伝えることができたように思います。

声を失った自分にでも、できる何かがある
――つんく♂さんは2015年の入学式の祝辞の中で、喉頭がんの手術で声帯を摘出し、声を失ったことを公表し、大変な話題になりました。
14年秋に手術したばかりだったので、入学式に登壇できるかどうかもわかりませんでした。心身ともに憔悴(しょうすい)しきっていたし、声を失って気持ちも落ち込んでいました。そんな僕に近畿大学は「今年もプロデュースをお願いします」と言ってくれたんです。うれしかったですよ。「オレにもまだやるべきことがあるんだ」と背中を押してもらえた。セカンドチャンスをいただいた気持ちになって、すごく励まされましたね。次は僕が背中を押す番だと、自分自身の転機にもなりました。
――あの祝辞は感動的でした。つんく♂さんの言葉に心を打たれた人はたくさんいたと思います。
声を失ったことはそれまで公表していなかったし、そもそも体調が回復して舞台に上がれるかどうかもわからなかった。だからギリギリまで準備もせず、そのとき思っていた言葉を、何のてらいもなく素直に伝えたんです。
――「私も声を失って歩き始めたばかりの1回生」という言葉が印象的でした。
祝辞では、僕もみんなと一緒に歩いていくという気持ちを伝えられたらいいな、と思いました。近畿大学ってつながりが強いんですよ。卒業生のせいや(霜降り明星)やナダル(コロコロチキチキペッパーズ)、五輪競泳メダリストの寺川綾さんなども、入学式を一緒に盛り上げませんか?と呼びかけると、快く協力してくれました。しかも、こちらの期待以上のことを、愛を込めてやってくれる。心が洗われる感じがします。もちろん、どこの大学もそうだと思いますが、母校愛っていいですよね。
――新型コロナウイルスの影響があったときは、どうしていたのですか。
少しでも思い出に残るようなスタイルを考えて、20年はオンラインで、「サイバー入学式」という形式にしました。以降は工夫を凝らしながら続けてきましたが、今年ようやく4年ぶりに、制限のない状態でプロデュースできました。
――“ド派手”入学式は、23年に復活しました。以前は女子学生が「KINDAI GIRLS」としてパフォーマンスしていましたが、23年から「KINDAI WELCOMES」と名称を変えて、男子も参加しているのですね。いまの時代を反映しているのですか。
実はここ数年、募集の段階で「僕たちも参加したい」という男子学生の声が聞こえてきたんです。つんく♂といえばガールズグループのイメージがあるとは思うんですが、近畿大学は共学の大学だし、男子のほうが多いわけだし、男子がいて当然よね、ということで始まりました。男子が加わって舞台が力強く、より「お祭り感」が出るようになったと思います。

――近畿大学の入学式は、新入生だけでなく、在学生にとっても貴重な経験ですね。
「KINDAI WELCOMES」だけでなく、吹奏楽部も応援部も参加してくれます。エネルギーを凝縮させて爆発させる、最高の時間です。たった1日のことだけれど、参加した学生は一生忘れられないと思います。
「やる自分」と「やらない自分」の差はほとんどない
――入学式の影響もあって、近畿大学のイメージは以前とは変わったように思います。「好きなことがいろいろできそうな大学」と感じる人も多いのではないでしょうか。
そうだったら嬉しいですね。でも現実は、「なんかやれそう!」と思っても、入学式が終わるとどうしてもダラーッとしちゃうと思うんです(笑)。結局大学生って、単位取ってバイトして、サークル活動でもしたら「ああ、どっこいしょ。ちょっと休憩」みたいになる人も多いんじゃないでしょうか。そこまで受験の波にもまれてきて、ホッとしちゃいますよね。なかには張り切って目立つ子もいるでしょうが、たいてい「あいつらとオレは違うよな」みたいに思うもんです。「あんなん無理だよ。疲れるし、そんなタイプじゃないし」みたいなね。淡々とバイトでもしながら単位取ることであっという間に1回生は終わるもんです。でも、それでは大量の学生のうちの一人になってしまいます。
いま自分の学生時代を振り返って思うのは、スタートする時点で「やる自分」と「やらない自分」の差はほとんどないということ。ちょっと重い腰をあげて、面倒に感じることでも頑張ってみれば、意外にあっさりと「あいつらは違う」と言われる人たちの世界に入れます。誰でも「あいつは特別」になれることを知ってほしいですね。
――能力の差ではない、ということですか。
目立ちましょう。張り切りましょう!という意味ではありません。ただ、面倒くさいと思うか思わないか、じゃないかなと。「入りたいサークルがない」と思うなら、自分でつくってみるくらいのちょっとしたことが輝けるきっかけになるんじゃないかなと。
僕は大学のときにシャ乱Qというバンドを組んで「日本一になりたい」と思いました。あれこれあって、結果、ありがたいことに、自分のバンドでもそうですし、プロデューサーとしても「日本一」という記録をいただくことができました。だからこそ思うんですよ。なんで大学生のときに「世界一になりたい」って考えつかなかったんだろ、って。もしかしたら可能性あったのにな〜って(笑)。
いま世界的な企業の創始者は、30〜40年くらい前にはきっと周りから「本当にこんなことやって大丈夫?」と思われていた人たちでしょう。ちょっと「変!?」って思われるような。でもそのくらいのことをやらないと、ああはなれないんでしょうね。周囲の評価を気にせず、自分を信じて動ける人ですね。

>>後編 つんく♂さんが語る「目指すゴールがデカいほど、途中の失敗は誤差になる」
つんく♂/総合エンターテインメントプロデューサー。1968年大阪府出身。近畿大学在学中にロックバンド「シャ乱Q」を結成し、92年にメジャーデビュー。現在は音楽家として作詞作曲を手がけ、モーニング娘。をはじめとする数多くのアーティストをプロデュースしている。
(文=神 素子)

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