■著名人インタビュー
栗原友さんの肩書はいくつもあります。料理家で、「クリトモ商店」などの経営者でもあり、小学生の娘を育てる母でもあります。さらに2024年春からは、東京農業大学の学生として日々勉学に取り組んでいます。大学進学のきっかけや大学入試について振り返ってもらいました。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長)
やりたいことを何でもやってみる
――2024年度に東京農業大学に入学しました。なぜ今、大学に行こうと思ったのですか。
発酵食品や腸活がブームになっていますが、そこで語られる菌のことを、もっとよく知りたいと思ったからです。私も鮮魚店を経営したり、食を仕事にしたりしているからには、安全面についてしっかり知りたかったんです。新しい発酵食品の開発もしてみたいし、質問されたことにさっと答えられたらかっこいいなという気持ちもありました。「なぜ今」と聞かれると、自分でもそこはあまり明確でないというか、何となくというか……。でも、やりたいことを何でもやってみようという姿勢になったのには、乳がんを経験したことがあるかもしれません。
――19年に乳がんと診断され、手術を受けたことを公表しています。
もともと、あまり自分の人生に期待するほうではなかったんです。だから乳がんがわかったときも、そんなにオロオロしたり悩んだりせず、「あー、来ちゃったか」と思ったぐらいでした。病気に対しても冷静に向き合ったほうだと思いますが、今振り返ると、やっぱりあの体験が転機になったのかなと感じます。若い頃は何かに熱くなることが苦手でしらけていた私が、入試の面接で熱い思いを語って、今では大学生として必死で勉強しているのですから。
――実際に大学の授業を受けて、印象はどうですか。
勉強は本当に大変です。苦手な化学は今も家庭教師をつけているし、家のトイレには、用語や数式を貼って暗記しています。苦労していますが、「知りたい」という欲求が満たされるのはうれしいですね。昔は勉強が大嫌いだったのに、最近は、自分は意外に理系科目が好きかもと思ってもいます。勉強を頑張っている自分のことを、イケてると思えることも楽しいのかな。
病気よりつらかった、入学後の孤独
――面白いと感じる授業はありますか。
やっぱり菌についての授業が楽しいです。菌といっても、扱い方を失敗すると食中毒を引き起こしたりする危険もあります。でも、きちんと活用できれば、鰹節など魚の発酵食品だって作れるわけです。
実は入学前にも、東京農大が開催するワークショップに何度か参加していました。そこで味噌(みそ)作りなどを体験して醸造に興味を持ち、もっと知りたいと思ったことも、大学受験のきっかけになりました。
今もまだ、ちょっとポカーンとしながら聞いているんですけど(笑)、授業では発酵の仕組みやうまみ成分との関連などを化学的に知ることができます。なるほど、と思うことが多くて面白いですね。でも英語は会話はできるけど文法がわからなくて、TOEICも受けなければならないし、サバイバルするのが大変です。GPA(成績評価)の確保には四苦八苦しています。
――勉強に関しては、必死で食らいついているという感じなのですね。
勉強よりも大きなストレスだったのは、入学後しばらく、友達ができなかったことです。「おばさんが大学生になじめるわけない」と思いながら、家で丁寧に作ったお弁当をお昼休みに一人で黙って食べて。何だか胃も痛いし、座りっぱなしの授業に慣れなくて腰も痛いし、あの頃は人生で一番寂しくて、がんになった時よりも辛かったかもしれません。
孤独って本当にこたえるんですよね。母(料理家の栗原はるみさん)も父が亡くなってから、家で一人ぼっちになってしまって、同じような孤独な状態でした。
ちょうどその頃、私の家の猫が子どもを産んだので、そのうちの1匹を母にあげたんです。それから母はパッと明るくなって、今ではとっても幸せそう。猫が相手でも、声をかけたり話しかけたりできることは大きいと思います。
私も入学して数カ月が経って、実験が始まってから、ようやく同じ実験班のクラスメートと話せるようになったんです。話し相手ができたおかげで、大学生活の全てが変わりました。
「魚サークル」を立ち上げ
――孤独を乗り越えて、今はどんな大学生活を送っているのでしょうか。
夏休みには、東京農大の卒業生が営む酒蔵や味噌蔵を見学しに、クラスの仲間と長野県に行きました。最近は魚の料理サークルを立ち上げて、学園祭でイカ焼きの屋台を出そうと計画しています。メンバーも35人ぐらい集まってくれました。
そういえば、入学当初は授業中の腰痛対策にジェル座布団を持って通学していましたが、それもいらなくなりましたね(笑)。今は本当に大学が楽しいです。
>>【後編】東京農大生になって発酵を学ぶ料理家・栗原友さん 「親は子どもを急かさないで」
<プロフィル>
栗原友(くりはら・とも)/1975年生まれ、東京都出身。ファッション誌のライターやアパレル企業のPRなどを経験した後、37歳で東京・築地の水産会社に飛び込む。現在は築地の鮮魚店「クリトモ商店」などを営む傍ら、コンサルティングやメニュー開発も手がけ、幅広く活躍中。母は料理家の栗原はるみさん、父は元キャスターの故・栗原玲児さん。弟の心平さんも料理家。
(文=鈴木絢子、写真=山田秀隆)

【写真】48歳で東京農業大学に入学した料理家の栗原友さん
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