■令和の大学を考える
大学受験を振り返った書籍は、これまで数多く出版されており、多くの高校生を励ましています。なかでも東大生による大学受験本は、難関大学を志望する受験生にとっては参考になる部分が多いでしょう。教育ジャーナリストの小林哲夫さんが、「東大合格本」が誕生してから60年にわたる歴史を振り返ります。(写真=小林さん提供)
「東大合格本」を振り返る
今年3月28日、同じ出版社が同じ日に「東大」を冠した本を2冊出版した。いずれも合格体験およびその後の話をまとめたものだ。
『東大なんか入らなきゃよかった』(池田渓)
『それでも僕は東大に合格したかった 偏差値35からの大逆転』(西岡壱誠)
(いずれも新潮文庫、2025年3月発行)
東大生あるいは元東大生が自らの受験生時代を振り返る本は、難関大学を目指す高校生にとって惹かれるものがある。このような東大合格体験をまとめた本(以下、「東大合格本」)はいつから登場したのだろうか。その歴史を振り返り、受験の心得や使用した参考書を紹介しよう。(合格年、合格科類〈現浪別〉、出身高校。「東大合格本」の刊行年は合格した年よりあとになるケースが多い)
【1960年代】
◆塚本康彦『受験番号5111 東大受験生の赤裸な日記』 (光文社、1963年)
1953年、文科二類(1浪)。三重県立四日市高校卒。
「裏山に行くときも赤尾の『豆単』をもって山頂で朗誦し、夜は六時半から十一時までやった」(同書)。これは今の受験生にはさっぱりわからないだろう。「赤尾の『豆単』」とは、旺文社創業者の赤尾好夫が著した『英語基本単語熟語集』のこと。1950年代の受験生に支持された英単語集だ。今でいえば、『速読英単語』(Z会)、『英単語ターゲット1900』(旺文社)あたりだろう。『新々英文解釈研究』(研究社)を何度も読み込んだとあるが、同書は絶版となったあと復刻版として刊行し、50代以上に懐かしがられている。
◆盛岡康晃『大学受験の秘訣 名門ラ・サール高校生の体験記』(学習図書出版社、1966年)
1965年、理科三類(現役)。ラ・サール高校卒。
「努力なきところに、向上も進歩もない。勉学の道は遠く、近道はない。一足飛びに飛び越えることも許されない。要領のいい、間に合わせの勉強なんて、あり得ないのだ」(同書)と正攻法な受験心得を伝えている。無駄をしない、効率の良さを求める傾向が見られる今の受験生には重い言葉かもしれない。
【1970年代】
◆島田裕巳『究極の東大受験必勝法』(土屋書店、2009年)
1972年、文科三類(現役)。都立西高校卒。
東大入学後37年経っての受験指南書となり、同書の「東大の過去問題の研究は絶対不可欠」という教えは今にも通じる。研究者らしい発想だ。一方で「予備校や塾に通わない。模擬試験も受けない」という語りは、今は大学入学共通テスト結果による合否ボーダーラインの見極めが必要なので、通用しないだろう。「情報戦」への意味合いが強くなっている。
◆園池靖『灘高校生の受験日記』(秋元書房、1974年)
1974年、文科二類(現役)。灘高校卒。
東大合格者数で灘高校が1位となった。灘高校入学から卒業までの3年間の日記がまとめられている。「灘高生というのは浪人したからといって急によくなるものでもないらしい。(略)現役で一般校の一浪、二浪分の勉強をしているのだ。とすれば、現役で入って当然、一浪でダメなら、すでに資質の欠如と考えなければならない」(同書)。開成、麻布、ラ・サール、愛光など私立中高一貫校が東大入試で存在感を示し始めたころである。英単語集は豆単ではなく、『試験にでる英単語』(青春出版社)を活用している。
◆福井一成『ドクター福井の開成流勉強術』(ワニブックス、1996年)
1975年、文科二類(現役)、76年、理科三類(1浪)。開成高校卒。
前年に現役で文科二類に入学し、在学しながら理科三類を受け直した仮面浪人である。最新刊は2023年刊の『一発逆転マル秘裏ワザ勉強法 2024年版』(エール出版社)。半世紀近く、受験指南本を執筆してきた。『英単語ターゲット1900』(旺文社)を薦めている。もっとも福井さんが受験の時、同書は刊行されておらず、『試験にでる英単語』(青春出版社)全盛期だった。
◆酒井正彦『麻布学園生の受験記録 東大へのアタック』(秋元書房、1976年)
1976年、文科三類(現役)。麻布高校卒。
高校3年の時、駿台高等予備校(現、駿台予備学校)に通っていた。「朝五時に起床して、六時三十分までに駿台の数学の予習と、余った時間でできる限り学校の授業の予習をし、七時までに朝食。そのあと学校へ行き、授業のあとは都立中央図書館へ行って授業の復習をする。その次の駿台へ行き、帰宅はだいたい八時」(同書)。夕食後、8時半か10時まで駿台の復習と英語の勉強をする、という生活を続けた。今ならば、駿台よりも鉄緑会に通う高校生が多い。英語は『基本英文700選』(駿台文庫)、数学は『チャート式基礎からの数学』(数研出版)を使用している。
◆和田秀樹『受験は要領 たとえば、数学は解かずに解答を暗記せよ』(ごま書房、1987年)
1979年、理科三類(現役)。灘高校卒。
大学入試で数学は解答を丸暗記することを勧めており、それが受験の世界で論争になったことがある。おそらく著者は受験指南書を日本でもっとも多く出しており、『わが子を東大に導く勉強法』『偏差値50から早慶突破』『日東駒専を確実に突破する法 ドン底から逆転する「和田式受験術」』など、キャッチーなタイトルで受験生の心理をくすぐってきた。
【1980年代】
◆石黒達昌『劣等生の東大合格体験記』(講談社、2010年)
1981年、理科三類(1浪)。東京学芸大学附属高校卒。
当時、東大合格者には浪人が多く、理三は4割弱、東大全体で5割近かったこともあり、予備校が繁盛していた(2025年合格者の浪人比率は東大全体24.8%、理三は24.5%)。石黒さんは通っていた駿台予備学校時代をこう振り返る。「僕は浪人して、受験から解放され、やっと学ぶ面白さを自覚した」(同書)。石黒さんは医学を勉強する一方で小説を書き、海燕新人文学賞をとっている。彼の小説は1994年、02年、05年に芥川賞候補になった。
◆森田敏宏『東大理Ⅲにも受かる7つの法則 難関を乗り越える処方箋』 (小学館、2012年)
1985年、理科三類(1浪)。駿台甲府高校卒。
学問に王道はないが近道はある、と訴える。たとえば、独学よりも教え方がうまい講師に学ぶほうが早く身につくなどをあげている。また、同じ科目を長い時間勉強していると脳内の同じ回路を酷使して疲労がたまるので、1日にこなす科目を絞るよりもなるべく多くの科目をこなすことを勧めている。その理由について、「別な科目の勉強に切り替えれば、疲れた回路を休め別な回路を働かせることに『積極的な休養」効果をねらうことができる」(同書)としている。
【1990年代】
◆高田万由子『サクラサク。わたしの東大合格物語』(ビジネス社、2000年)
1990年、文科三類(現役)。白百合学園高校卒。
センター試験、東大の二次試験はフランス語で受験している。在学中、「たけし・逸見の平成教育委員会」(フジテレビ系)のほか、ドラマに出演していた。日本史は次のように勉強している。「教科書を始めから終わりまで欄外の注もすべて、重要な箇所にアンダーラインを引いては、書き出してノートをつくりながら、一通り全部読み通す。この一通り全部読み、とにもかくにも最後までいくことが大事」(同書)
◆山尾志桜里『アニーの100日受験物語』(ごま書房、1995年)
1993年、文科一類(現役)。東京学芸大学附属高校卒。
司法試験に合格し、東京地検などの検事を務めたあと政治家に転身する。民主党、民進党、立憲民主党を経て、現在は国民民主党に所属する。「勉強っていつでも、どこででもできるんです。どんなに時間がないときでも、10分もあれば、参考書の1ページぐらいはできます。それに、10分しかなかったら、その10分間で覚えてしまおうと必死になります」(同書)。使用参考書は『基本英文700選』(駿台文庫)、『大学への数学』(研文書院)、『青木世界史講義の実況中継』(語学春秋社)。
◆菊川怜『試験に挑むあなたに贈る 受験必勝 エールBOOK』(祥伝社、2002年)
1996年、理科一類(現役)。桜蔭高校卒。
慶應義塾大医学部、早稲田大理工学部にも合格している。東大工学部建築学科卒業。在学中にスカウトされ、女性ファッション誌「Ray」の専属モデルとなり、「英語でしゃべらナイト」(NHK)に出演し、俳優としても活躍した。「受験勉強するにあたって、一番大切なのは“マイペース”でいくこと。だって、自分のことは自分が一番よくわかっているはずだから」(同書)
【番外編】
1972年から『私の東大合格作戦』(エール出版社)の刊行が始まった。その年の東大合格者20人近くが入試までのスケジュール、勉強法、通った塾や予備校、使用した参考書について語っている。国会議員の松島みどりさん(自民党)(1976年、大阪府立北野高校→文科二類)、小林鷹之さん(自民党)(1994年、開成高校→文科一類)、山添拓さん(共産党)(2003年、京都市立堀川高校→文科一類)が登場している。同書は2022年に休刊している。1986年『東大理Ⅲ』(データハウス)の刊行が始まる。理科三類合格者の体験記を並べたものだ。
変わり種を2つ。
1991年に出版された『能力覚醒の秘法を解く』(オウム出版)は「オウム真理教東大生グループ」が著した受験本である。
2005年、堀江貴文さん(久留米大学附設高校→文科三類)がライブドア社長時代、『堀江式英単語学習帳:東大なんて簡単だ! ホリタン』(ライブドアパブリッシング)を出している。宣伝文句には「受験生だけでなく、堀江式の生き方に共感する全ての方々に参考にしていただきたい、数々の堀江貴文の言葉がつまっています」とある。
2000年以降の合格者による「東大合格本」については後編で紹介する。
>>【後編】人気を集める「東大合格本」 天才あるいは強烈な努力家の、胸を打つサクセスストーリーは
プロフィル
小林哲夫(こばやし・てつお)/1960年、神奈川県生まれ。教育ジャーナリスト。大学や教育にまつわる問題を雑誌、ウェブなどに執筆。『大学ランキング』(朝日新聞出版)編集統括。『日本の「学歴」 偏差値では見えない大学の姿』(朝日新聞出版・共著)ほか著書多数。

【写真】「東大合格本」に60年の歴史 どんな本があったのか
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