■著名人インタビュー
オンラインで授業を行うZEN大学が2025年4月に開学しました。設立したのは、日本財団とIT関連企業のドワンゴが手を組んだ学校法人、日本財団ドワンゴ学園です。ZEN大学の入試方法のほか、目指す教育や社会について、ドワンゴの顧問で学校法人角川ドワンゴ学園理事の川上量生さんに聞きました。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長、写真=加藤夏子)
>>新しい通信制大学「ZEN大学」に3380人が入学 ドワンゴ顧問・川上量生さんが語る「オンライン大学を作った理由」【前編】
高卒資格があれば、基本的に合格
——ZEN大学ではどのような入学者選抜を行うのですか。
高校卒業または同等の資格を持っていて、ZEN大学で学びたい意欲がある方に、小論文などを通して、その方の考え方、学ぶ意欲、目的意識などを伺います。学力試験は課しません。高校を卒業できる学力があればいいので、余計な受験勉強はしなくていいですよ、という意図です。
むしろ、得意なものや好きなものがあるなら、大学レベルの勉強を先取りしてやってほしい。僕らが設立した通信制のN高等学校(以下、N高)では、ZEN大学の授業をオンラインで受講できて、高校生のうちから単位を取れるようにしようと思っています。受験勉強よりも、大学で、もしくは社会で役に立つ勉強をしてほしいのです。
——高校と大学の連携をどんどん進めていくということですね。
ZEN大学を作った目的のひとつは、単純に通信制の大学を作るということではなく、N高と大学の学びを連続させ、生徒を受験勉強の苦しみから解放し、本当に社会で役に立つ勉強をさせるということです。
——25年4月の開学時には、入学定員3500人に対して3380人が入学しました。
そのうち系列のN高・S高からの学生が42%、N高・S高以外の高校からの学生が17%、社会人の方が22%です。同じ通信制の放送大学は、社会人が70%くらいですから、学生の属性はまったく違います。この割合は見込み通りですね。これまで高校3年から進学してくる学生が中心の通信制大学は存在していませんでした。それを作りたいというのも僕たちの目標でした。
——N高が16年に開校してから、19年にN中等部*、21年に S高、そして25年にR高と、N高グループは拡大を続けています。今や全国で最も生徒数が多い高校です。
不登校の生徒が通う学校の多くは、通信制は全日制に通えない生徒が行くところだと思い込んでいる人たちが運営していて、それが生徒にも伝わっています。生徒もそんな学校には行きたくないですよね。
僕らは全くそう思っていませんでした。ドワンゴ自身が、ネットの友達が集まって作った会社です。会社が大きく成長できた成功体験を持っていますから、本気でネットの学校のほうが効率的でいいよね、と思っています。そういう僕らの考えが生徒に伝わったんだと思います。
* N中等部は学校教育法第1条に定められた中学校ではないため、在籍している中学校に籍を置いたままN中等部で学びます。
——文部科学省の調査では、23年度の不登校の小中学生は、全国で過去最多の34万人。11年連続で増え続けています。
今と昔の不登校は違うんです。昔は子どもが学校に行かないことを許す家庭はほとんどなかったですが、今は行かなくてもいいと言う家庭が増えました。そのために不登校生の数が増えたのであって、変わったのは保護者なんです。
だから不登校といっても、家に引きこもって友達のいない子はむしろ少数派で、明るくて友達もたくさんいて彼女もいる。でも小学4年から学校には行っていない、みたいな明るい不登校生がめちゃくちゃ多いです。ライトな不登校生が大半を占めていると思います。
——ライトな不登校生はどうして増えたのでしょうか。
やはり詰め込み教育がよくなかったのだと思います。僕ら大人は反省しなきゃいけません。ゆとり教育批判は間違っていたんですよ。N高生も、押し付けられて勉強させられることに対して非常に強い警戒感、嫌悪感を持つ子が多いです。これは明らかに詰め込み教育の反動だと思います。
——不登校が増えたからN高が拡大していったわけではないということですか。
N高が今の子たちの気持ちに合っている学校だったということだと思います。僕らはホームページに「不登校」とか、「寄り添う」といった言葉は使っていません。通信制で時間が自由に使えるのでいろんな勉強ができる、と言っています。
——自由にやりたい勉強をやっていいよというメッセージですか。
そうです。やらなくてもいい。落ちこぼれた生徒のための学校じゃなくて、未来の学校を作っているというメッセージを伝えたら、想像以上に生徒に刺さったんです。
——そういうN高の生徒たちから、大学も作ってほしいという声が出たのでしょうか。
ZEN大学を作ったきっかけは、基本的には生徒の声です。大学に進学したらネット環境のレベルが下がったと嘆く学生もいたし、N高ではプログラミングが得意でいろいろな賞を取っていたのに、大学が合わなくて不登校になった学生もいます。その学生は、一般教養の単位を取らないといけないから、自由な勉強ができなかったんですね。
有名大学にせっかく総合型選抜で入学した尖った学生が、一般教養の単位が取れなくて進級できないというのは、N高生以外でもよくあると聞いています。
——そうした学生の個性と、受け入れる大学側の教育が合わないという課題があるのでしょうか。
たとえば、数学がすごくできる生徒がいるんですよ。大学は総合型選抜を始めて、そういう突出した生徒を受け入れることまではやったけど、進級の制度は変えていないので、入学後に進級できないのです。やはり枠にはめて、まんべんなく勉強することを要求するんですね。
——突出した能力があっても、日本の大学ではなかなか受け入れられないのですね。
僕は数学が趣味で、現代数学を中高生に無料で教える塾に10年ぐらい関わっています。受験の数学ではなく、大学レベルの数学を大学院生が教えるんです。めちゃくちゃ優秀な生徒が集まるようになって、その一人が大学入学共通テストを受けたんですよ。でも、数学しかやっていないから全体では点数が取れない。総合型選抜で受けても合格しませんでした。結局、彼はカリフォルニア工科大学のドクターコースに行きました。レベルの高い論文を書いていたから、飛び級で博士課程への入学が許されたのです。彼を受け入れる大学がなかったというのは日本の恥だと思います。受験勉強だけ偏重するそういう日本の大学入試の仕組みも、ZEN大学で変えていきたいと思っています。
——川上さんは、収入、居住地域、性別などの格差を解消して、全ての人に必要な高等教育を届けたいという思いがあるのでしょうか。
全ての人に必要な高等教育を届けるのが、この大学の大きな特徴です。日本はお金持ちが安い学費で大学に行ける、世界でも珍しい国です。東大生の親は所得の高い人の割合が多いです。東大に入るには、小学生の時から塾に行っている子が圧倒的に有利なんです。
一方、地方で国立大学に行く学力のない人は、学費の高い私立大学に行かざるを得ません。しかも、行きたい大学が地元になければ、都会に出て生活しないといけない。地方と都会の大学進学率が、場所によっては倍近く違う根本的な理由がここにあります。
——都会で生活させるのは無理とあきらめているご家庭も少なくないようですが、これを何とかしたいと考えたのですね。年間の授業料を38万円にして、国立大学の標準額53万5800円よりだいぶ安く設定していますね。
本当はもっと安くしたかったのですが、これがギリギリでした。みんなが平等で、能力のある人、やる気のある人に同じチャンスが与えられるのが合理的な社会だと思います。そういう合理的な社会を実現するのに貢献したいですね。
——ZEN大学の学生には、どんなふうに学んでもらいたいですか。
日本の教育界は変化が遅いです。そのために、なんでこんなことを学ばなきゃいけないんだろうと思うことが、みなさん、小学校の頃からあったと思います。僕たちは学ぶ意味がある科目をたくさん用意していますので、勉強は楽しいものだ、役に立つものだと思って参加してもらえるとうれしいと思います。
<プロフィル>
川上量生(かわかみ・のぶお)/学校法人角川ドワンゴ学園理事。1968年、愛媛県生まれ。京都大学工学部卒。97年にIT関連企業ドワンゴを設立し、現在は顧問。2016年、角川ドワンゴ学園がN高等学校を創設。25年、日本財団とドワンゴによる学校法人日本財団ドワンゴ学園がZEN大学を創立。
(文=仲宇佐ゆり、写真=加藤夏子)

【写真】年間授業料は38万円、ドワンゴ・川上量生さんが描くオンライン「ZEN大学」の未来とは
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