■著名人インタビュー
2025年4月、オンラインで授業を行うZEN大学が開学し、3380人が入学しました(2025年4月1日時点)。設立したのは、公益財団法人日本財団とIT関連企業のドワンゴが手を組んだ学校法人、日本財団ドワンゴ学園です。いままでの大学とは全く違う学びの形が話題になっているZEN大学には、どんな特徴があるのでしょうか。ドワンゴの顧問で、通信制のN高等学校を創設した角川ドワンゴ学園理事の川上量生さんに聞きました。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長、写真=加藤夏子)
オンラインなら授業の質に注力できる
——ZEN大学の開学は全国から注目を浴びています。オンライン大学には、どのようなメリットがあるのでしょうか。
第一に、地域的、時間的な制約がないことです。ネット環境があればどこでも授業が受けられ、ライブ配信する授業は後からアーカイブを見られます。録画された授業はいつ受けても構いません。学習の自由度が非常に高いのです。また、教室のサイズのような物理的制約もないので、たくさんの人がいくらでも受講できます。そうすると、教材に多大な時間的、労力的なコストをかけることができます。
——設備などにお金がかからない分を教材にかけられるということですか。AI研究者の松尾豊東大教授、批評誌「ゲンロン」を主宰する東浩紀氏、新書大賞を受賞した『人新世の「資本論」』の斎藤幸平氏など、最先端の教員を集めています。
授業の教材にお金をかけることが、合理性を持ってくるのです。学校教育とは違いますが、たとえば予備校の場合、授業を映像化して多くの人に届けることで、人気講師に年俸1億円で来てもらったり、授業を何度も撮り直してわかりやすいものにしたり、より手間をかけることができます。つまり、規模を大きくすると、授業のクオリティーを上げられます。これがオンライン大学の特徴です。これからオンライン大学の時代になると、世界的に大学の規模は大型化すると思います。
——海外ではすでにそういう大学が生まれて、人気を集めていますね。
米国のアリゾナ州立大学の学生は10万人を超えています。世界では質の高い教材を作る競争が始まっているので、日本からも本格的なオンライン大学がプレーヤーとして出てくることが大事だと思いました。それが、僕らがオンライン大学を作った大きな理由です。
AI時代に活躍できる力を
——学部は「知能情報社会学部」の一つだけですが、どんな学びになるのですか。
分野を超えた学際教育、学際研究の重要性は何十年も前から指摘されていますが、今の大学教育は逆にますます専門分化が進んでいます。専門分野の違う2人が共同研究をしようとしても、両方の分野を知っている人がハブのように存在しないとうまくいきません。ですから、ZEN大学は専門分化とは逆方向にして、幅広い知識を持った学生を育てることを目標にしています。
——今は文系、理系の垣根を越えた横断的な学びが求められています。幅広い知識をつけることで、学びが深くなるということですか。
幅広く学ぶほうが合理的だと思っています。というのは、AI(人工知能)が登場して、今、ものすごく大きなゲームチェンジャーになっているのです。たとえば、医療で病気を見つけたり、診断したりするのは、AIが短時間で高い精度が出せるようになっています。
そういう時代に人間はどうすればいいか。AIと分業して、細かい部分はAIに任せ、人間は幅広い分野を勉強する。そのほうが社会の中で活躍できる人材になれる可能性があると思います。
——一方で、デジタル化が進んでいるからこそ、対面のコミュニケーションが大事と言われています。オンラインでの大学教育は、人間としての成長にとってどうなのだろうと考える保護者もいるのではないでしょうか。
角川ドワンゴ学園が運営する通信制のN高等学校(以下、N高)でも、人とのコミュニケーション能力が養われないのではないかと、よく言われます。これは部分的には当たっていますが、見落としている一面もあると思っています。今の時代に問われるのは、対面コミュニケーション能力よりもデジタルのコミュニケーション能力です。たとえば、小学生のいじめもLINEで起こっていますよね。もはやデジタルのコミュニケーションのほうが重要です。
——コミュニケーション能力の質が変化しているということでしょうか。
デジタルのコミュニケーションは、オンライン校とリアルな学校のどちらで得意になるかというと、その答えは明らかです。N高では1年生と2年生の時に基礎学力を測る外部試験を受けることにしていますが、国語の結果を調べたところ、1年生より2年生のほうが「4年制大学以上の一般入試での合格が目指せるレベル」と判定された生徒の割合が8ポイント近く高くなっていました。N高の授業は基本的にオンラインだし、先生、生徒、友達とのコミュニケーションはSlackスラックやメールが中心です。文章でやりとりしないと学校生活が成立しません。だから勝手に国語の力が上がるんです。
——文章の意図を読み込んだり、書いたりする力が自然に身につくのですね。ただ、親としては、人と会って話すことが怖くなったりしないのかな、と心配になります。
今の若い人たち全体に言えることですが、対面ではなかなか口を開かないのに、オンラインだとしゃべる。画面をオフにすると、さらによくしゃべります。N高には面接指導のプログラムがあって、複数名いる専門の教員がプログラムを作っています。この指導によって大学の推薦入試や総合型選抜の合格率は明らかに上がっています。
——オンラインでは、友達との触れ合いによって成長する機会がないのでは、という不安もあります。
学校での友達作りに力を入れているのは、世界でも僕らぐらいだと思います。友達ができると出席率が上がり、勉強時間も増えて卒業率が上がります。友達になるためにはリアルに会うのが効果的なので、N高では通信制高校で義務付けられているスクーリングも、年1回おこなう学校が多いところを2回に増やしています。それによって友達ができた人の割合が10%以上、上がっています。
人生が変わるような経験を
——ZEN大学でも学生同士がリアルで会う機会はあるのですか。
ZEN大学はスクーリングが必須ではありません。スクーリングのために膨大な土地を買って校舎を建てるとなると大学の設立費用が10倍ぐらいかかってしまい、それは授業料にも影響します。だから僕たちはスクーリングではなく、学園祭、職業体験、現場体験など、単位取得とは関係なく、学生同士がリアルに会えるイベントをたくさん用意しています。日本財団にも協力してもらい、プログラムを作っていますが、海外でのボランティア活動、留学などのチャンスは普通の大学よりもはるかに多い。僕たちは人生が変わるような経験を学生に与えたいのです。
——人生が変わるような経験とは、どのようなものですか。
職業体験というと、業者が作ったパッケージを学校が発注するのが一般的ですが、僕らがN高でやった時は、地方自治体と話をして、自分たちで手作りしました。たとえば、4泊5日のプログラムでイカ釣り漁船で漁を体験するとか。すると人生観が変わります。ZEN大学でも同じようなことをしたいと考えています。
——親世代はサークル活動で友達と交流するような人間関係の作り方を想像してしまいますが、オンライン大学では新しい形で交流できるのですね。
今の大学生のコミュニケーション自体が、僕らの世代が想像する以上にデジタル化しています。だから学生はオンラインでやっていけると思うし、逆にオンラインだからこそ、人とのコミュニケーションがより容易だと感じる人はたくさんいるでしょう。
——親世代は古い価値観を変えていかないといけないのかもしれません。
ドワンゴでニコニコ動画の責任者をしている栗田穣崇は、絵文字の発明者として歴史に名前を残しています。30年ほど前、彼はドコモショップに勤務していましたが、PC-98というパソコンが使えるという理由で店長から推薦され、iモードの立ち上げメンバーに抜擢されました。
今も似たような状況があると思います。デジタルを使いこなして、SNSに詳しい、画像や動画を編集できるといった人は、「うちの店の宣伝をやってよ」とあちこちから求められます。そういう生徒はN高にはいっぱいいますし、ZEN大学の学生からも出てくると思います。
<プロフィル>
川上量生(かわかみ・のぶお)/学校法人角川ドワンゴ学園理事。1968年、愛媛県生まれ。京都大学工学部卒。97年にIT関連企業ドワンゴを設立し、現在は顧問。2016年、角川ドワンゴ学園がN高等学校を創設。25年、日本財団とドワンゴによる学校法人日本財団ドワンゴ学園がZEN大学を創立。
>>「やる気のある人にチャンスを」 年間授業料は38万円、ドワンゴ・川上量生さんが描くオンライン「ZEN大学」の未来とは【後編】
(文=仲宇佐ゆり、写真=加藤夏子)

【写真】新しい通信制大学「ZEN大学」に3380人が入学 ドワンゴ顧問・川上量生さんが語る
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