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西南学院大学大学院修士課程に在学中の鈴木結生さんは、2025年1月に「ゲーテはすべてを言った」で第172回芥川賞に決まりました。受賞に至るまでの間、読書や作品作りなど、「好きなこと」をどうやって貫いてきたのでしょうか。また、高校生と保護者に伝えたいことを聞きました。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長、写真=加藤夏子)
エントリーシート代わりに小説を執筆
——西南学院大学ではどんな学生生活を送りましたか。
僕たちの世代は1~2年の時がコロナ禍だったので、オンライン授業が中心でした。僕はずっと図書館に通っていました。授業の時間以外はずっと本を読んで、とにかく論文を書きまくっていました。
——西南学院大学の図書館はきれいで、いい雰囲気ですね。どんな本を読んでいたのですか。
1年の時は、自分がそれまで考えていたことを体系化するために、とにかく雑駁(ざっぱく)に読みまくりました。小説よりも思想書とか哲学書とか人文系の本です。読んで論文を書きました。卒論は4万字くらいという規定があると思いますが、1年の時に8万字の論文を4本ぐらい書きました。コロナ禍でテストがなくなったので、レポートにも執念を燃やしました。先生たちとは文字でしかやりとりできないから、ラブレターみたいなレポートを書いていました。楽しかったですね。
——図書館で学生団体「LILA(リラ)」の活動もしていたようですね。
図書館で学生におすすめの本などをアドバイスするアルバイトをしていたので、大学が団体を立ち上げた時にリーダーになりました。僕は図書館がすべきことは「知の探求」だと考えていて、資料を作って読書会をしたり、図書館の広報パンフレットを作ったりしました。ただ、図書館側の目的は利用者を増やすといったことなので、僕の作るパンフレットは難しすぎると言われました。

——自分の目指していることと、大学側が求めることにズレがあったのですね。
僕の中では挫折の経験となったのですが、4年の夏休みに、その活動よりも自分のやりたいことをやって誰かに見てもらおう、ここで文学賞に応募しなかったら後悔すると思いました。担当教官に「卒論は書けていないんですけど、昔から小説家になる夢があって、それを諦めるために文学賞に応募するので許してください」と言って、「人にはどれほどの本がいるか」を書いて林芙美子文学賞に応募し、佳作に選ばれて作家デビューしました。後から卒論も頑張って書きましたけど(笑)。
——同級生が就職を考えている4年のこの時期に、「自分は小説家になるんだ」「ここで賞を取らないと」という覚悟で書いたのでしょうか。
就職のエントリーシートの代わりに小説を書いたんです。一流企業にエントリーシートを送っても、1次面接で落ちることは普通にあるので、自分が文学賞に落ちてもエントリーシートと思えばいいじゃないかと思って。
「好き」が全てに先立つ
——鈴木さんは好きなことを伸ばしてきたからこそ、作家になりました。好きなものを大切にしていくにはどうしたらいいですか。
僕の場合は「好き」は全てに先立つことで、それ以外はしたくなかったんです。高校時代も図書館に通って論文を書いて、大学生みたいな学び方をしていましたが、大学受験のための勉強はしていませんでした。
自分の経験から言えるのは、大学の入試制度が大学の学問と有機的に結びついているのか疑問だということです。つまり、大学のゲートを開ける能力と、その中で学問をする素質が見合っているのかどうか。最低限の処理能力は必要なので、その試験をするのは仕方がないと思いますけど。

——現在の大学入試は、学力だけではなく、大学で学ぶ意欲や目標、適性などを評価する総合型選抜が増えていますから、「好き」が全てに先立つということは、より重要になってくるかもしれません。受験生の保護者に伝えたいことはありますか。
自分が親になったら、何も言わないと思います。言える立場じゃないから。親が子どもに「勉強しろ」と言うのは恥ずかしいことだと思っていて、子どもの生き方を受け止めたほうがいいです。
——大学受験の時は、親御さんは何も言わずに任せてくれたのですか。
高校の進路相談の時は、母が「私が行くと怒っちゃうから」と言って、初めて父が来たんです。担任の先生は父に、「本を読むのをやめさせてください」と言っていました。やめませんでしたけど(笑)。さすがにそう言われて、父は息子の学力が下がっていることを初めて知ったみたいで、ちょっと悲しそうな顔をしていました。僕も悲しくなって、それからは勉強をしている振りをしました。

愛があふれる父のプレゼント
——ご両親はこれまでどのようなスタンスで鈴木さんに接してきたのでしょうか。
子どものころから父も母も僕の意思を尊重してくれて、母はそれを踏まえた上で怒っていました。僕は意味を感じることに関しては徹底的に自分で決断するタイプで、それ以外のことはどうでもいいんです。だから、小説を書くとか、本を読むことに関してはブレないのですが、それ以外のことは大学選びを含めて流されるまま来ています。父と母は、小説を書くことは自分が選び取っていることだからと、尊重してくれています。
——芥川賞を受賞して、ご両親の反応はいかがでしたか。
受賞の記者会見で「父が何か作ってくれると思います」と言ったら、父が張り切ってブックスタンドと、「ゲーテはすべてを言った」の束見本(実際の製本時と同じ仕様で作る見本で、中のページは白紙になっている)にいっぱい絵を描いてプレゼントしてくれました。それと芥川龍之介の顔のバッジを10個ぐらい粘土で作ってくれて、僕と家族、「小説トリッパー」編集部のみなさん、芥川賞と林芙美子文学賞の選考委員の方々に配るという恐ろしいことをしました(笑)。

——「小説トリッパー2025年春季号」に受賞後第1作の「携帯遺産」が掲載されました。どんな作品ですか。
チャールズ・ディケンズの長編小説を読んで書いた「古くて新しい愛」の物語です。「古くて新しい愛」という言葉は、シェイクスピアのソネット集に出てきます。ソネット自体が愛についての詩ですが、シェイクスピアは自嘲気味に、「自分はいつも愛のことしか語っていないが、昔から太陽が毎日新しく昇るように、自分の愛も常に古くて新しい」というようなことを言っています。
キリスト教では、愛が大きいテーマです。僕もキリスト教の環境で生きてきて、テーマとしては愛がいちばん強い。ずっと愛のことを考えていました。ディケンズだけでなく、オスカー・ワイルドやヴァージニア・ウルフの影響も強く受けています。ディケンズを中心としつつも、いろいろなことを考えられる小説になっています。
——進路を考えている高校生に伝えたいことはありますか。
強く思っているのは、受験を目的化しないことです。僕も中学生の時は高校に合格することがゴールになっていて、合格したら達成感で勉強しなくなったんです。それは大学受験も同じで、立派な大学に行った人はいい会社に就職するかもしれないけど、人生のゴールはもっと先にあります。人生全体のキャリアからすると、学生時代はごく早い段階でしかなく、そこで自分の位置が決定するわけじゃないから、もっと大きな視野で見てほしいです。そして大学生になったら、ぜひ文学を読んでほしいですね。

<プロフィル>
鈴木結生(すずき・ゆうい)/2001年、福岡県生まれ。福島県郡山市に住んでいた小学3年の時に東日本大震災に遭う。その後、福岡に戻り、福岡県立修猷館高校から西南学院大学外国語学部に進学。24年、大学4年の時に「人にはどれほどの本がいるか」(朝日新聞出版)が林芙美子文学賞の佳作に選ばれ、作家デビュー。25年、「ゲーテはすべてを言った」(同)で第172回芥川賞を受賞。現在、西南学院大学大学院修士課程で英文学を研究している。25年3月発売の「小説トリッパー2025年春季号」(同)に、これまでの2作と合わせた3部作の締めくくりとなる「携帯遺産」が掲載された。
>>芥川賞作家・鈴木結生さんは西南学院大の大学院生 「大学で重要なのは図書館」【前編】
(文=仲宇佐ゆり、写真=加藤夏子)

【写真】芥川賞作家・鈴木結生さんのデビューは「就活のエントリーシート代わりに書いた小説」【後編】
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