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2025年1月に「ゲーテはすべてを言った」で芥川賞に決まった鈴木結生さんは、西南学院大学大学院修士課程に在学中の23歳です。2作目の小説での受賞となりました。若くして芥川賞作家となったこれまでの道のりや、大学受験のことなどについて聞きました。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長)
はじめて書いた本は「どうぶつにっき」
——芥川賞、おめでとうございます。受賞の実感はわいてきましたか。
受賞したことによって、いろんな方が自分の小説を読んでくれたことに喜びを感じています。書店でサイン会をすると、全く知らない読者の方が読み込んで来てくださるんですよ。こんなに多くの人に読んでもらえるとは思っていませんでした。

——どうしてゲーテをテーマに執筆しようと思ったのですか。
大学に入ってからのことだったと思いますが、両親の結婚記念日に料理屋に行ったら、ティーバッグのタグにいろいろな人の名言が書かれていて、父が手にしたタグがゲーテの言葉でした。ゲーテのどの作品の言葉なのか、父親に聞かれましたが、出典がわからなくて、このことはいつか小説にしたいなって、ずっと思っていました。
——そこから大学でゲーテのことを調べ尽くしたのですか。
その時点では、これは小説になるとは思ったけれど、自分で書こうとは思っていませんでした。実際に書くとなると、ゲーテ全集を読まないといけないので大変です。大学4年の時に、1作目の小説「人にはどれほどの本がいるか」が林芙美子文学賞の佳作に選ばれて作家デビューできて、2作目を書く時にやっと、ゲーテ全集を読んで書いてみようと思いました。大学4年の春休みから1~2カ月で書き上げました。
——物語は小さいころから書いていたのですか。
僕は何でも「自分でもできるんじゃないか」と考えるたちで、小学6年で音楽が好きになった時は、自分でも曲が作れるんじゃないかと思って作ろうとしたし、漫画も好きになったら、まずは自分で描いてみました。それと同じで、母がずっと絵本の読み聞かせをしてくれていたので、小学1年の時に自分で物語を裏紙に書きました。
それは、いろんな動物が日記を書いているという設定でした。大人に見せたら、「面白い」と言われて、うれしくて書き続けました。たまってきた時に、母が「ちゃんと本にしよう」と言うので、本の形のノートに書いて「どうぶつにっき」という題名をつけました。それを夏休みの自由研究として学校に提出しました。

——「どうぶつにっき」をいま読み返して、どう思いますか。
小学1年生なのに感覚的にわかっているところがあるんです。文学的に言えば、キャラクターによって文体と人称を変えているのが偉い(笑)。動物によって「僕」「私」「俺」を使い分けていて、文体も違っています。自然にバリエーションをつけていてオチもあるんです。

たとえば、鷹の日記(「たかさんのにっき」)では、「僕のお兄さんの名前は銅、お父さんは金、お母さんは銀。きょうは空中レースにお兄さんとお父さんが出場します。僕はお母さんとレースを見守っています。結果は、銅はお兄さん、金がお父さん。名前通りの結果になりました」みたいな感じです。
本を作ることが楽しくて、そのころからずっと本を作って生きてきたのですが、作家になりたいとは思っていませんでした。職業としてではなく、本を作っていないと生きていけない人間でした。

震災の経験が原点に
——小学生の時に東日本大震災を経験していますね。当時の体験はどういうものとして自分の中に残っていますか。
僕はもともと福岡出身ですが、福島県郡山市に住んでいた小学3年の時に東日本大震災が起きました。埼玉県に数週間避難して、学校が始まってから郡山に戻って、2年間住みました。キリスト教の牧師の父と一緒に被災地支援の活動をしたのは楽しい経験でした。いろんな新しい人とも出会えたし、友人たちもいい人がたくさんいました。同時に細かい部分では人と人の衝突も見たし、真剣に物事を考えることの原点になったと思います。楽しかった経験と、自分が感じていた不安とか世界についての難しい疑問とかは、必ずしも分裂しているのではなく、僕の中では両立して存在していました。

——その後、福岡市に戻り、西南学院大学に進学しました。大学進学時のことを教えてください。
大学選びに関しては何も考えていなくて、流されるがまま、入れたところに入りました。僕が通っていた福岡県立修猷館高校は、国立大学を受験するのが当たり前という雰囲気がありました。進学コースでしたが、僕は本ばかり読んでいて勉強しなかったので、成績は下降の一途をたどりました。第1志望の国立大学に落ちて、センター試験の点数で入れたのが西南学院大学でした。浪人して受験勉強をするのはいやだったんです。
大学では、あまり話が合う友達が見つかりませんでした。もし、話が合う友達が見つかっていたら、小説を書く気にならなかったかもしれません。結果的に、話が合う人があまりいないところで過ごしたお陰で、自分の世界を追求できた部分はありますね。
いつかはシェイクスピア
——「ゲーテはすべてを言った」は大学を舞台にした作品です。
「実体験を反映しているんですか」という質問をよく受けますが、むしろ自分ができなかったこと、大学でこういうことがしたかったという憧れが入っている感があります。それに僕みたいな人間にとって、大学で重要なのは図書館です。どういう蔵書があるかは大学のポテンシャルの指標になります。西南学院大学は神学系の書物がすごくそろっていて、勉強には事欠かなかったです。

——お父様が牧師で、西南学院大学はキリスト教系の大学だから、選んだのではないのですか。
実は、逆に知り合いが多いから行きたくなかったんです。神学部の先生は子どもの時からずっと知っている方々です。西南学院大学では英文学を専攻したくて文学部に行くつもりだったのに、2020年から文学部が外国語学部に変わって、外国語学部に入ることになりました。結果的に良かった点は、英文学のほかにフランス文学の授業も取れて、フランス文学をかなり勉強できたことです。
——外国語学部になったために、英文学に特化しないでフランス文学も勉強できたのですね。英文学では何を研究したのですか。
シェイクスピアをかなり勉強しました。小学生のころからずっとシェイクスピアが好きだったんです。最初に好きになったのは、ジョン・バニヤンという17世紀イギリスの文学者でしたが、文学の入り口になったのはシェイクスピアでした。

——いつかはシェイクスピアをテーマにした作品を書きたいという思いはありますか。
今まさに勉強しているので、書くとなるとデータ収集から難航を極める気はしますが、だからこそ書いてみたいです。でも、最初の小説でシェイクスピアをテーマにしなくてよかったとは思っています。たぶん、いつまでも完成しなかったと思うので。今は小説を完成させる癖を自分の中でつけている感じがあって、小説を作るリズムみたいなものが固まってきてから、シェイクスピアに向き合いたいと思っています。
——芥川賞の選考では、全部を調べ尽くして書く「学者小説」的な点も、今までにはない新しさとして評価されました。やはり調べ尽くしてから書きたいですか。
そうですね。読んできた本も、あるジャンルについて調べ尽くして書いたような小説が自分は好きでした。例えば、トーマス・マンが図書館1つ分くらいの本を集めて、ノートをとって書いた「ヨセフとその兄弟」などです。もちろん、ゲーテやシェイクスピアを調べ尽くすのは無理だし、学者の方から見たら穴だらけでしょうが、小説の中では全部をちゃんと把握して書きたいと思っています。

<プロフィル>
鈴木結生(すずき・ゆうい)/2001年、福岡県生まれ。福島県郡山市に住んでいた小学3年の時に東日本大震災に遭う。その後、福岡に戻り、福岡県立修猷館高校から西南学院大学外国語学部に進学。24年、大学4年の時に「人にはどれほどの本がいるか」(朝日新聞出版)が林芙美子文学賞の佳作に選ばれ、作家デビュー。25年、「ゲーテはすべてを言った」(同)で第172回芥川賞を受賞。現在、西南学院大学大学院修士課程で英文学を研究している。25年3月発売の「小説トリッパー2025年春季号」(同)に、これまでの2作と合わせた3部作の締めくくりとなる「携帯遺産」が掲載された。
>>芥川賞作家・鈴木結生さんのデビューは「就活のエントリーシート代わりに書いた小説」【後編】
(文=仲宇佐ゆり、写真=加藤夏子)

【写真】芥川賞作家の鈴木結生さんは、西南学院大学の大学院生 「大学で重要なのは図書館」【前編】
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