■著名人インタビュー
作家、エッセイストとして活躍中の岸田奈美さん。自身初のエッセー『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)はNHKでドラマ化され、大きな話題を呼びました。関西学院大学に在学中に立ち上げたビジネスや、進路選びについてのアドバイスなどを聞きました。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長)
在学中にベンチャー企業へ
――大学1年次に、障害を強みに変える企業「ミライロ」の創業メンバーになりました。どのような事業を行ったのでしょうか。
「障害者目線でのバリアフリーコンサルティング」として、企業や大学にさまざまな提案をしました。キャンパスマップにバリアフリー設備を記載したり、スロープの設置位置を提案したり。障害のある学生を集めてリアルな要望を出してもらうなどして営業を続けるうち、大学やアミューズメント施設、大手結婚式場などのクライアントができて、だんだんとお金をもらえるようになっていきました。当時の私はあまりできることがなく、パワーポイントの資料を作ったり、ちょっとしたデザインを担当したりする程度でした。でも、「やればきっとできる」という前向きな気持ちは、大学受験の成功体験から生まれていたと思います。
座学では焦りを感じていましたが、それが一転、実践の日々になりました。飛び込み営業で自社のことを説明するために、関連する法律や経済論も自分で学ぶ必要があったからです。その結果、大学の授業が後からついてくる形になりました。1年次は必修の授業も多く、空きコマや休日に営業回りをしていましたが、ハードでしたね。2年次には単位が足りなくなったこともあり、個人的には、学生起業はあまりおすすめしません(笑)。

――印象的だった出来事はありますか。
大きな転機になったのは、大学1年の3月に東日本大震災が起きた時のことです。私たちは、車いすが津波で流されてしまった人が被災地に多くいるという情報を得ましたが、誰もそのための支援をしていなかったんです。たぶん、避難所に障害者がいるということすら想像がつかなかったのだと思います。そこでミライロで寄付を集め、明石市の企業の協力を得て、東北に車いすを送ることにしました。そうしたら、メディアからとても多くの取材オファーをいただきました。それまで私は、多くの人は障害者やバリアフリーに興味がないと思っていましたが、みんな、支援の仕方を知らないだけだということに気がついたんです。何をしたらいいかがわかれば関心を持ってくれると感じられて、希望が持てる気がしました。
「ユニバーサルマナー検定」を立ち上げ
――それは重要なターニングポイントになりましたね。
これらの経験を通して、「ネガティブな感情を向けても人は動かない」ということにも気づきました。それまで必死で飛び込み営業をしても、なかなか話を聞いてもらえなかったのも、たぶんそのせい。目線を合わせてもらうためには、つらさを訴えるだけではなく、同じ感情を共有できる話をしないといけないのです。また、どんなに社会的意義のある活動でも、ボランティアでは続かないというのがミライロの考えでした。足腰に不自由がある多くの人に選ばれることで、より多くの利益を出すという目的のために、私たちの会社は動いていました。障害者支援をボランティアにせず、しっかり経済性を重視していたのです。

――「ユニバーサルマナー検定」という資格認定を始めた経緯を教えてください。
クライアントが増えるにつれて、「設備を変えるのは資金的に難しいが、自分たちにもできることはないだろうか」という声が聞かれるようになりました。そこで考えたのが、「ユニバーサルマナー検定」です(※)。キャッチコピーは「ハード(設備)は変えられなくても、ハートは変えられる」。今すぐ段差をなくすことはできなくても、車いすを持ち上げる人がいればバリアはなくなるということです。
その講座の講師として、母ほど説得力のある人はいないと思いました。母は最初、「そんなん無理や」と言っていましたが、「じゃあ、1回だけ」と臨んだパチンコ店での研修で、受講者がとても喜んでくれたんです。母の話を聞いたある新入社員の方が「この業界に就職した時、家族にとても怒られたけど、お年寄りや障害者のことも考えている会社だとわかって、周囲にも胸を張れると思えました」と発言してくれました。講座の後、母も「歩けなくてもできることがあるとわかった。死なんでよかった」と言っていました。それから2〜3年でメキメキ人気講師になって、あの櫻井翔さんも母の講座を受けに来てくれるまでになり、私もびっくりしています(笑)。
※障害者や高齢者などへのサポートやコミュニケーションの方法を習得するための検定。運営はミライロが、認定は一般社団法人日本ユニバーサルマナー協会が行う
やりたいことは流れ星みたいなもの
――現在の岸田さんはミライロを離れて、お父さんの母校である関西大学で客員教授も務めています。
関西大学に行くようになって、父にもっと大学時代の話を聞いておけばよかったと思いました。でも、私が知らないことを埋めるように、父の若い頃の友達が写真を持って講義に来てくれるんです。みんな「本当に似てますね」と(笑)。自分の中に眠る家族のことを知りたくてエッセーを書いている部分もあるので、こういうことを聞かせてもらえるのはうれしいです。

――どうしたら岸田さんのような「おもろい文章」が書けるのでしょうか。
それはわりと聞かれます。特に、つらい体験を書いて笑い話にするにはどうしたらいいかって。でも、まだ「その時」が来ていないのに無理に笑い飛ばそうとしたら、自分を傷つけることになります。気持ちを言語化するのは悪いことではないけど、「誰かに読まれないと救われない。わかってほしい」と考えてしまうのはどうかな。相手への優しさがなかったり、あまりに苦しかったりする「怨霊の塊」のような文章は、人を遠ざけてしまうと思います。
――まさに「ネガティブな感情を向けても人は動かない」ですね。岸田さん自身は、何を伝えたいと思って文章を書いていますか。
私のエッセーは、おしゃべりとか世間話に近いかもしれません。「おもろくない?」って言って、「おもろい」「わかるー」って言ってもらえたら、うれしいなって。私は自分がラッキーだと思っているし、これまでのことも全肯定しています。この成功のスパイラルを起こすために、失敗も笑い話にして書いているのです。苦しいこともあるけれど、その苦しみも喜びも、すべて私の人生の大切なものです。
――若い人はやりたいことがわからない人も多いと思いますが、大学進学を考える高校生と、その保護者にメッセージをお願いします。
親御さんに伝えたいメッセージは、「人生は子離れという修行である」です(笑)。うちの母も、やっと子離れができたのは60代になってからでした。我が子にはあれもこれもしてあげようと思うでしょうが、親が子どもに対してできるのは、子離れというただ一点のみ。失敗した時に帰れる場所であればいいだけです。
そして若い人には、やりたいことは流れ星みたいなものと考えてほしいです。急に降ってくるものだけど、いつ降ってくるかわからない。これが当たり前なので、気構えずに待ったらいいと思います。大事なのは、自分は運がいいんだと思い込むこと。これができたら最強です。
>>【前編】「父が望んでいた大学に行ったら、許されるかも」 作家・岸田奈美さんの受験と「社会起業学科」での学び
<プロフィル>
岸田奈美/1991年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学人間福祉学部社会起業学科卒。「100文字で済むことを2000文字で伝える」作家。著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)はNHKでドラマ化され、話題になった。2025年2月、『もうあかんわ日記』文庫版(小学館文庫)が発売。
(文=鈴木絢子)

【写真】作家・岸田奈美さんの学生時代
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