■著名人インタビュー
作家の岸田奈美さんは、自身を「100文字で済むことを2000文字で書く作家」と称して、家族の姿をありのままさらけ出して表現しています。思春期には父の突然の死や母の車いす生活など、さまざまな出来事と向き合いながら自らの進路を探りました。大学受験の乗り越え方や、関西学院大学での出会いなどについて話を聞きました。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長、写真=株式会社コルク提供)
父が望んでいた大学に行きたい
――岸田さんは関西学院大学の人間福祉学部社会起業学科卒業ですが、関西学院大学を進学先として選んだ理由を教えてください。
一つは父の影響です。建築関係のベンチャー企業を経営していた父は、自分がいいと思う建築物を子どもに見せたいと思っていたのでしょう。小学生の私を関西学院大学のキャンパスに連れていって、「カッコええやろ」「こんなおしゃれな大学生になってくれよ」と、なぜかドヤ顔で言っていたのを覚えています。

そんな父が心筋梗塞で突然死したのは、私が中学2年の時でした。その後は何もかもが嫌になってしまい、成績も国語以外はボロボロに。さらに高1の時に、母が倒れて車いす生活になりました。その時は、「死にたい」と涙を流す母と一緒に死のうかというところまで追い詰められました。
けれど、たまたま見た関西学院大学のパンフレットで、2008年に開設されたばかりの人間福祉学部に社会起業学科があるのを見つけたのです。ここでなら、父の遺志を継いで経営も学べるし、母のために福祉を学ぶこともできる。よく考えたら知的障害がある弟のためにもなるかもと思いました。この学科を目指そうと決め、母には「ホンマは死んでほしくないから、私に少し時間をちょうだい」と伝えました。

――お父さんだけでなく、お母さんや弟さんの影響もあったと。中高時代に苦難が続いたのですね。
実は父が亡くなる直前、思春期だった私は父と大ゲンカをして、「もうええ、オトンなんて死んでまえ!」なんて言ってしまったんです。それがずっと心残りで、父が望んでいた大学に行けたら、そのことが少しは許されるんじゃないかという思いがありました。
ほかにも、小6の頃、父が当時話題だった『13歳のハローワーク』(村上龍著、幻冬舎)を買ってきてくれたことがありました。それを読んだ私が「テレビプロデューサーを目指してみようかな」と言ったら、父は「アホか、ここに載ってない仕事を探せ! まだ世の中にない新しいことをやれ!」と言ったのです。経営と福祉の双方を学べる大学の学科は、当時は国内に例がなく、ここでなら父の言っていた「新しいこと」ができるかも、とも考えました。
高2の冬から英文法を特訓
――お父さんが亡くなってから学力が落ちてしまったようですが、受験勉強はどのように進めたのですか。
高校での私は補習の常連組で、宿題もしないし、成績は下から数えたほうが早い生徒でした。そんな高2の冬のある日、母がアルバイトしていた整骨院の院長と私と母の3人で、食事をすることになりました。オカンがテーブルで干物を焼く横で、院長がお酒を飲みながら「お前、関学に行きたいんか」と聞いてきて。「口ゲンカが強いやつは受験もいける。教えたるから勉強しろや」と言われ、その先生の生徒として指導を受けることになりました。
先生いわく、関学は英語のレベルが高いので、長文を1年かけてやるべきだとのこと。「自分のためでなく、俺のために勉強してこい」と言われて渡されたのは、塾講師が使う、難度の高い英文法の参考書でした。これを1単元ずつ覚えて、理解した内容を先生に説明するのです。
ちなみにほかの教科については「世界史と国語の先生は俺じゃない、これだ」と、マンガ『ドラゴン桜』(三田紀房著、講談社)を全巻、くれました(笑)。

――一般的な塾とは大きく異なる学習法ですね。
誰かに説明できるまで理解すると、自分が「わかったつもり」になることを防げるんです。最初はつまらなくて挫折しそうになりましたが、先生が私の説明を「おもろい」と、ほめてくれました。一方で、「バカ野郎」と煽(あお)ったり、私の参考書を投げ捨てたり、ムチャクチャ言ったりすることもあったんですけど(笑)。先生には、少し父と似たところがあったかもしれません。とにかく頑張って続けていたら、高3の夏には模試で英語の長文が読めるようになっていました。
「バリアバリュー」との出合い
――そうした勉強の末に見事に合格。お父さんが憧れていた大学に入学して、印象はどうでしたか。
正直、入学当初はショックでした。福祉の概論や歴史を学んでも、私の母が、狭くて段差のあるラーメン屋さんに入れるようになるわけじゃない。私は「いま」苦しんでいる母のために何ができるかを知りたいのに、期待はずれというか。自分のことで精いっぱいで焦っていたし、周囲との温度差に孤独を感じてもいました。
そんな時、あるNPO法人の代表の人が、ゲスト講師として授業に来てくれたことがありました。その団体は視覚障害者の資格取得を支援して、マッサージ師として企業で働けるよう活動していました。私はその話を聞いて「こんな人がいるんだ」とびっくりしました。大学に入って初めて、現実的な福祉の話を聞けた気がして、講義の後、その人に質問しながらボロボロ泣いてしまい、周囲をドン引きさせました(笑)。

――その時に泣いてしまったのはなぜでしょうか。
やっぱりつらかったんだろうな。自分は人を励まさなきゃいけない立場だと思って、ずっと泣くのを我慢していたんだと思います。おもろい話をしたいのに、私が身の上話をすると、合コンとかでもシーンとしてしらけちゃうんです。家族の話を笑って聞いてもらえないのが、悔しくて、情けなくて。でもその講義の時は、自分の話をしてもいいんだと思えました。その時に泣いている私を見て、友達が大学のソーシャルビジネスのイベントに誘ってくれて、そのイベントで出会ったのが垣内さんです。
――後に一緒にビジネスをすることになる「ミライロ」代表取締役社長の垣内俊哉さんですね。
彼は2歳上の学生で、他大生でも受講できる関学の講義に顔を出していました。車いすで誰の手も借りずに段差を乗り越えるのに驚きました。「僕の目の高さは106センチです。この高さだから見えること、気づけることがあります。だから僕は起業します」と彼は言い、「障害は取り除くべきものではなく、価値に変えていけるもの」として、「バリアバリュー」という概念を提唱していました。「障害者目線でのバリアフリーコンサルティング」というビジネスモデルも、それまで聞いたことがありませんでした。彼の話を聞いて、父が言っていた、「まだ世の中にない新しい仕事」という言葉を思い出したのです。
――垣内さんの考えに衝撃を受けたのでしょうか。
衝撃というよりは、「私もそう思ってた!」という感覚でした。皆さんは当たり前のように「障害者は守られるべき存在」と思っていませんか。でも、私の母はそんな感じじゃないんです。車いすの母にもできることは確実にあるし、病院では母に自分の話を聞いてもらいたいというお医者さんや看護師さんが順番待ちをしていたぐらい、みんなに頼りにされていました。だから「障害者は守られるべきだ」という周りの風潮に違和感がありました。彼の話を聞いた時、それが解消されたように感じたのです。
>>【後編】「人生は子離れという修行」 作家・岸田奈美さんの学生起業から、大学客員教授までの道
<プロフィル>
岸田奈美/1991年生まれ。兵庫県出身。関西学院大学人間福祉学部社会起業学科卒。「100文字で済むことを2000文字で伝える」作家。著書『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(小学館)はNHKでドラマ化され、話題になった。2025年2月、『もうあかんわ日記』文庫版(小学館文庫)が発売。
(文=鈴木絢子)

【写真】幼いころの作家・岸田奈美さんと父と弟
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