英国・オックスフォード大学の大学院に留学し、女性皇族として初めて博士号を取得した三笠宮家の彬子さま。生まれて初めて一人で街を歩き、格安チケットで飛行機に乗り、故エリザベス女王にお茶に招かれる――そんな英国留学の日々をユーモアたっぷりに綴ったエッセイ『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(PHP文庫)は、「プリンセスの日常が面白すぎる」と話題になり、累計32万部のベストセラーとなっています。留学の日々について聞きました。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長)
寮にはTVもなく、寂しかった
――2015年に出版された『赤と青のガウン』が昨年、X(旧Twitter)で話題になり、あっという間にベストセラーになりました。どのようなお気持ちですか。
正直なところ、実感はほとんどありませんでした。出版社から「10万部になりました」「20万部になりました」と連絡をいただいても「本当に?」と驚くだけで。ただ、ここ最近、駅や空港などで「彬子さまですか?」と気づかれる確率が上がっている気がします。

――直接、声をかけてくる方がいらっしゃるのですね。
以前、書店で私の本を買われた方をお見かけして、つい私から「ありがとうございます。著者です」とお声かけしたことがありました。それをインタビューなどでお話ししたせいか、「話しかけてもいい方だ」と思っていただけているようです(笑)。
――ご迷惑ではないのでしょうか。
全く、迷惑ではありません。存じ上げない方から直接感想を伺う機会はなかなかないので、「楽しく読ませていただいています」などと言われると、「いろいろな方に届いているんだ」と実感がわき、うれしくなります。
――ご著書の中で「生まれて初めて一人で街を歩いたのがオックスフォードだった」というエピソードには驚きました。
私にとって側衛(皇族の護衛)がいるのは当たり前のことでしたから、英国で突然、一人になったときは、寂しさが先に立ちました。人の多い家で育ったので、会話している声を聞くと安心するのです。でも大学の寮にはテレビもないので、寂しかったですね。
父のひと言から、格安航空券で帰国
――初めての一人暮らしで困ったことはありましたか。
相談する人がいない、ということです。電車が遅れたときの連絡や切符の交換など、いままでは側衛や事務官がやってくれていたことを、全部自分で解決しなくてはいけません。あるとき、寮の部屋でバスタブのお湯があふれてしまって、お風呂場を水びたしにしてしまったことがありました。とりあえず蛇口をひねって水を止めた後、次にどうすればいいかわからなくて、「ああああ~」と言いながら部屋をぐるぐる歩き回っていました。パニックになると人間ってこんな行動をとるんだなと気づいた体験でした。
――留学中にさまざまな経験をされたのですね。
交渉術も身につきました。私の住んでいた寮のキッチンが、大学側の事情でガスからIHヒーターに変わったことがあり、これまで使っていた調理道具が使えなくなったのです。全部買い直すとお金がかかると、大学に交渉したら共用のフライパンを買ってもらえました(笑)。日本から送金されてくるお金も、毎日為替レートを確認して、少しでも円高になったタイミングで「いまお願いします!」って。
――飛行機は格安航空会社(LCC)なども使っていらっしゃったのですね。
留学費用を出してくださったのは父(故寬仁親王)ですから、収支報告をするのです。あるとき、「飛行機代が高い。そもそもなぜおまえはこんなに頻繁に帰ってくるのか」と叱られました。私は日本美術が専門ですから、日本で史料調査が必要だとお話しして。次の帰国からは、インターネットで調べて、安い航空券を購入するようにしました。すると今度は「なんでこんなに安いんだ?」と言われたので、「やり方はいろいろあります」と(笑)。
授業で「爪痕を残す」
――留学の初年度は、英語でご苦労されたようですね。
日本人だらけの語学学校ではそれなりに通じていたのに、英語を母国語とする方々の中では話の半分も理解できないのです。私が何か言っても、「違うんだけど」「ま、いいや」という反応になってしまう。それで、どんどん話せなくなりました。
――どのように乗り越えたのですか。
「習うより慣れろ」です。わからなくても話すしかありません。単語の羅列でも「とにかく伝えたい」という意思を持って話すと、相手は一所懸懸命考えて「こういうこと?」と言い直してくれます。そうすると、その言葉や表現を覚えるんです。英語の文章を読んでいるときに出てきたわからない単語を辞書で引いて、「ああ、こういう意味ね」となんとなく理解した単語は、するっと忘れてしまいがちです。でも、会話の中でつかんだ言葉は忘れません。英語は、英語の中で学ぶと身につくのだと実感しました。
――大学院では英語で同級生と議論するなど、さらに大変だったのではないでしょうか。
同級生と同じような議論を交わすことはできません。でも、何か爪痕を残したいと思って、1つの授業で1回は発言しようと決めて、発言しました。すると「アキコが何か言うみたいだよ」という空気になって、聞いてもらえるようになりました。遠慮していると「この人は意見を言わない人」と思われて終わりです。何か一つでも引っかかるものを残そうと必死でした。
「博士論文性胃炎」に苦しめられて
――博士論文を書き上げることは、大変な苦労があったのではないですか。
史料調査が終わって、論文を書き上げるまでの1年間は本当につらい時期でした。理系の研究者はラボに行って仲間に会うこともありますが、文系の研究者は孤独です。一人で調べて一人で書き上げなくてはいけません。寮もセキュリティーの関係で、1年生からずっと同じ部屋だったので、周りはみんな1~2年生。楽しそうにパーティーをしている声が聞こえると、彼らに罪はないのにイライラしてしまいます。しかも指導教授のダメ出しも厳しくて、あるとき何も食べられなくなってしまいました。病院でストレス性胃炎と言われましたが、私は「博士論文性胃炎」だと思っています(笑)。
このままではダメだと思って、大英博物館に行ってスタッフの方とおしゃべりしたり、カフェで仕事をしたりしました。やはり私は孤独が苦手なようです。
女王陛下と2人のティータイム
――留学中の一番の思い出は何でしょうか。
エリザベス女王陛下のお招きを受けて、バッキンガム宮殿でお茶をいただいたことでしょうか。私の指導教授が女王陛下の側近の方とお知り合いだったことがきっかけですが、まさか女王陛下にお招きをいただく機会があるとは夢にも思いませんでした。
まず何を着ていけばいいかもわかりません。周囲の人に聞いても、プライベートで陛下にお会いした経験のある方など皆無で……。とりあえず手持ちの服の中で最良と思えるものを身に着けました。おそらくプロトコル(外交儀礼)にはのっとっていなかったと思うのですが。
一番緊張したのは、給仕の方がティーセットやお菓子を女王陛下のお隣のテーブルに置いて、出ていってしまった瞬間でした。「このお茶は、だれが入れるのだろう。私の方が身分は下だけれど、かといって陛下に入れていただくわけには」と頭がぐるぐる回っているうちに、陛下自ら、お茶を入れてくださいました。
――エリザベス女王に入れてもらったお茶はおいしかったですか。
大変おいしかったです。陛下は本当にお話がお上手で、またお部屋には何頭ものコーギー犬が走り回っていて、何から何まで現実味がない不思議な時間でした(笑)。
>>【後編】彬子女王殿下が教える大学の授業とは レポートのホチキスの留め方から丁寧に指導
彬子女王(あきこじょおう)/1981年、故寬仁親王の長女として誕生。学習院大学文学部史学科卒、英国・オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。女性皇族初の博士号を取得して帰国した。立命館大学特別招聘准教授を経て、現在は京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。2012年に「心游舎」を設立し、日本の伝統文化を子どもたちに伝える活動も続ける。
(文=神 素子、写真=篠塚ようこ)

【写真】32万部のベストセラー作家となった彬子女王殿下 英・オックスフォードでは「博士論文性胃炎に苦しみました」
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