英国・オックスフォード大学大学院に留学し、女性皇族として初めて博士号を取得した三笠宮家の彬子さまは、現在は京都産業大学日本文化研究所特別教授として、大学生の指導にも携わっています。英国に留学した日々を綴った『赤と青のガウン オックスフォード留学記』(PHP文庫)は、累計32万部のベストセラーとなっています。特別教授として、いまの大学生に思うことを聞きました。(聞き手=朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長)
>>【前編】32万部のベストセラー作家となった彬子女王殿下 英・オックスフォードでは「博士論文性胃炎に苦しみました」
日本について語れるようになりたい
――オックスフォードの大学院で日本美術の研究をされましたが、なぜ日本美術史を学ぼうと思われたのですか。
大学時代に1年間留学したときには、イギリスに留学したのだからとケルト史の研究をしていました。でも、そこで実感したのは、自分は日本について語れることが少ないということでした。
イギリスではシェイクスピアについて持論を語れる人が多く、オペラにもクラシックコンサートにも日常的に出かける文化があります。でも日本人同士で『源氏物語』を語ることはほぼありませんし、能や歌舞伎もおしゃれをしていく特別な場所だと思われる方が多いのではないでしょうか。日本にいれば「詳しくないんです」でも通用します。
ところが、イギリスにいると、日本に関する質問は全部私のところに集まってきます。「日本のことはアキコに聞け」と。「専門外です」では済まされません。それに日本に関する間違った認識を持つ人も多いことに気づきました。日本人はみんな、すしを握れるとか、「ハラキリ」という文化があるとか。もっと日本について語れる人になろうと考えて、大学院では専攻を日本美術に変更したのです。
――日本美術を、日本ではなく、オックスフォードの大学院で学ぶことにしたのはなぜですか。
博士論文のテーマは、西洋人の日本美術に対する理解がどのように変化したかを大英博物館の日本美術コレクションを中心として明らかにするというものでした。大英博物館が所蔵する日本美術品は約3万点もあり、その多くが19世紀末から20世紀にかけて収集されたものです。大英博物館や欧米の日本美術を所蔵している美術館・博物館の調査をしなければなりませんでしたので、英国を拠点にしたということです。
「学問は面白い」の種をまく
――日本に帰国後は日本美術の研究者として活躍されています。現在は京都産業大学で特別教授として学生を指導しています。
実はずっと「教える」ということを避けてきたのです。私の恩師たちはすばらしい先生方で、とても同じように学生を指導することはできないと思っていました。でも「教える」のではなく、私が面白いと思っていることを学生に「伝える」ことはできるのではないか、と。私自身、歴代の先生方から「学問は面白い」という種をまいていただき、水を与えて育てていただきました。私もその種まきの仕事を引きついでいけたら、と考えるようになりました。
――授業では、座学だけでなく、フィールドワークにも行かれているそうですね。
伝統文化の工房に学生を連れて行き、職人さんたちに取材しています。私自身はこのようにインタビューを受ける機会があるので、学生たちに「先生方が過去のインタビューで何度も聞かれているような質問はしないでね」「著書を読んで気になった部分を深掘りすると、相手は『こんなところまで読んでくれた』とうれしくなるものです」などとアドバイスしています。
――取材を数多く受けてきた経験を生かして、学生に伝えているのですね。彬子女王さまは、厳しい先生ですか。
学生に求めているものは大きいと思います。たとえば、誤字脱字に修正の線を引いたまま提出するとか、参考文献がインターネットの「知恵袋」とか、気になるレポートも少なくありません。何も言わずに点数を低くするという方法もあるのでしょうけれど、それでは学生の学びになりません。
私は「誤字脱字が残ったものは完成原稿ではありませんよ」「情報の信憑性には気をつけましょう」「だから点数を引かざるを得ないのですよ」と、きちんと伝えるようにしています。最近では「レポートのホチキス留めの位置は、縦書きなら右上、横書きなら左上。そうじゃないと、めくりづらいから」というようなことも教えています(笑)。
失敗は力になる
――とても面倒見の良い先生ですね。いまの学生はどのように見えますか。
簡単に正解を知りたがる傾向があることが気になります。検索すればすぐ答えが出る時代ですけれど、まずは自分で考えてほしい。遠回りかもしれませんが、一つの答えにたどり着く過程で思いもしなかった別の答えを見つけることもあります。その面白さを知ってほしいです。
一方で、私には思いもしないアイデアも持っていますね。先日はお菓子の八ツ橋の工場を訪ねましたが、ワークショップのときに「動画で生配信したい」とか、「生八ツ橋のアレンジレシピを考えたい」など斬新なアイデアが出てびっくりしました。
――大学進学を目指す高校生たちに、進路選択のアドバイスはありますか。
高校生のうちに自分のやりたいことが定まっている人は少ないと思いますが、だからこそ「いま本当に好きなこと」を大切にしてほしいです。音楽でもスポーツでも、推し活でもいい。夢中になれるものが一つでもあれば、人生の中できっと役に立つと思います。
それから挑戦を恐れないでほしいです。「どうせ失敗するだろう」と思っても、安易にあきらめないでほしい。もし失敗しても、それは貴重な学びです。5年後、10年後に必ず役立つし、自分の強みにもなりますから。
父の応援に応えたいから踏みとどまれた
――大人も、「失敗しないように」と先回りしないほうがいいのかもしれないですね。親へのメッセージはありますか。
親心から「やめたほうがいいのでは」と言いたくなる気持ちもわかります。でも本当に無理なのか、何かできる方法はないのか、それを一緒に探してあげてほしいのです。
私の父(故寬仁親王)はそういう方でした。基本的には放任主義で、ああしろこうしろとは言われない方でしたが、私がやりたいと言ったことは、最大限のサポートをしてくださいました。留学中の本当につらい時期でも、「なんとか父にお返しできるものを残さなくては」という思いが、逃げたくなる心を押しとどめてくれました。
――『赤と青のガウン』は、お父さまから「必ず留学記を書きなさい」と言われて書き始めたそうですね。
「成年皇族としての公務がある中、6年間もオックスフォードにいたのだから、国民の皆さまへのご報告になるようなものを書くように」と言われました。父のお言葉通り、多くの方に読んでいただけて、良い報告ができているかなと思っております。
――お父さまがご存命であれば、何とお言葉をかけてくださるでしょうか。
父は負けず嫌いでいらっしゃいますので、「ようやくおまえも、25歳で留学記を出した俺と並んだな」などと、褒めてはくださらないと思います。でも父の留学記は30万部も売れていませんので(笑)、その点だけはちょっと誇れるでしょうか。
彬子女王(あきこじょおう)/1981年、故寬仁親王の長女として誕生。学習院大学文学部史学科卒、英国・オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。女性皇族初の博士号を取得して帰国した。立命館大学特別招聘准教授を経て、現在は京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。2012年に「心游舎」を設立し、日本の伝統文化を子どもたちに伝える活動も続ける。
(文=神 素子、写真=篠塚ようこ)

【写真】彬子女王殿下が教える大学の授業とは レポートのホチキスの留め方から丁寧に指導
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