■著名人インタビュー
東京藝術大学在学中にミュージカル俳優としてデビューした井上芳雄さんは、「ミュージカル界のプリンス」と呼ばれる俳優となり、数々の名作に出演してきました。現在は活動の幅をさらに広げ、舞台にドラマにバラエティーにと、多様なジャンルで活躍しています。エンターテイナーとしてのキャリアも約25年となり、45歳を迎えて「人生折り返し」と語る井上さん。その仕事や子育てへの思いを朝日新聞「Thinkキャンパス」の平岡妙子編集長が聞きました。(写真=朝日新聞社撮影)
>>【前編】ミュージカル界のプリンス・井上芳雄さん 「自分では思ってもみない方向へ進むのが人生」
悔しい思いを糧に、必死で学ぶ
――井上さんはいろいろな分野で活躍されていて、とても多才に見えます。
今はミュージカルのお仕事と同じぐらい、話をする仕事をしています。でも初めて挑戦した時は全然うまくいかなくて、自分には「話術の才能」はないんじゃないかと思ったんです。悔しかったですね。その思いを糧に、必死で学んできました。最初は歌が得意で世に出ましたが、実際は名前が知られるようになってから新たにチャレンジしたことのほうが多いんです。何かの結果の上に、また別の新たな挑戦が積み重なっていく。仕事をするってそういうことなんだな、と感じています。
自分の持っている才能と、自分がやりたいことが合致することはむしろ少ないでしょう。ミュージカルもいろいろな力が求められますが、歌唱力も演技力もダンス力もすべて完璧な人はいません。才能とは、自分の苦手な部分をアシストしたり、新しいことを得たりするための基礎のようなものかもしれません。それに、最近は技術の大切さも実感するようになりました。
――技術は芸術やエンターテインメントなどの表現にも当てはまりますか。
そう思います。ミュージカルや音楽の世界でも、若い時に安定して表現できる技術が身につけられたら、それは強みになりますよね。例えば韓国のエンタメ界では、欧米からも積極的に吸収して、表現の技術を論理的に学び、システマチックに教育しています。日本は才能に比重を置きがちで、神童みたいなタイプをありがたがってフォーカスしてしまうところがあります。よく「見て盗め」と言いますが、それはとても時間がかかることです。
「おじさんっぽさ」もあっていい
――今も表現や技術の学びは続けていますか。
ほかに趣味もないので打ち込んでいますよ。休みも、舞台が見られるところしか行きたくないんです。舞台以外の話題がないほどで、年々、世間話が上手にできなくなってきて困っています(笑)。ミュージカルってなかなか難しいもので、歌い方も見せ方も、どんどん新しい方法が生まれているんです。毎日違う状況の中でやらなければいけないし、難度の高いことをやっている実感があります。
しかもこちらは年を取っていくので、学んでも学んでも、油断する隙がない。上がる技術と下がる能力がせめぎ合っているんです。例えば新しい動きやポーズを身につけても、次の日になったら腰が痛くてもうできないとか(笑)。
45歳になって出てきたこういう「おじさんっぽさ」も、僕はあっていいと思うんです。まだまだ若々しく動けることも、真面目さも、ちょっとふざけた顔も、持てる要素は多いほうがいい。いつだって何でもできると信じたいけど、実際はそうじゃないと知っていくのも、人生では有意義なことだと思います。
――今後の目標は何ですか。
人生の折り返し地点を過ぎましたが、未知の体験をすることで、まだ自分に足りない知識や知見を得ていきたいです。今後は、舞台や番組を企画したりプロデュースしたりといった「生み出す側」にも挑戦したいです。ミュージカルをもっと知ってもらったり、盛り上げたりするにはどうしたらいいかも考え続けていきたいですね。
僕はとにかくミュージカルが好きで、たまたま最前線で参加しているけれど、もともとは純粋なファンなんです。だからファンの気持ちや求めていることもわかると思います。キャリアを積むことでやれることが増えて、大好きなジャンルがどんどん楽しくなる。趣味と実益を兼ねている感じです。
親は「保護ネット」になって待つ

――ご長男は今年の春に高校を卒業されましたが、その進路は。
高校卒業後はバレエ団に入ることにしたそうです。親としては大学に行ける選択肢も用意したし、僕が父に言われたのと同じように、大学生活を経験してみてほしいとも伝えました。本人も途中までは進学するつもりだったのですが、ダンサーは特に肉体のタイムリミットも早いので、最後は本人が決断しました。でも今後も海外留学などするかもしれませんし、ここから4年間は彼が大学に行ったつもりで応援します。
――子育てでどんなことを大事にしてきましたか。
僕は怒るのも怒られるのも好きではないので、その代わりに子どもの意見を聞くようにしていました。「ダメでしょ」と怒鳴るのではなく、「どうした? いまどう感じてる?」と。そうしたらいつの間にか、長男が次男に同じように接していたので、長男としても素直に受け止めてくれていたのかなと思いました。当時は迷うこともありましたが、本当にまっすぐ育ってくれて、心配なんていらなかったなと思っています。しっかり自立してくれれば、もうそれで十分ですね。
――そのスタンスにはお父様の影響もあったのでしょうか。
どうでしょうか(笑)。ただ、僕の父も「こうしなさい」と押し付けることはありませんでした。クリスチャンの家庭でしたが、中学生の時、年頃もあって教会に行くのをやめたんです。その時も、行ってほしい気持ちはにじみ出ていたけれど、僕の気持ちを尊重してくれました。いつも「自分が選んだ」と思って進めるようにしてくれていたと思います。
僕が「親と子は違う人間」だと考えているのには、もしかしたらそんなことも影響しているかもしれません。思っていた父親像と今の僕は違うけれど、子どもは自分でやるだけやってみて、痛い目を見てもいいと思う。それも本人の学びになるはずです。
――2人のお子さんをよく見て、寄り添って子育てをしていることが伝わってきます。思春期の子どもを持つ親にメッセージをお願いします。
僕自身の大学受験では、親身に見てくれる先生に出会えたことが大きかったですね。親以外の信頼できる大人や、何か第三の場との出会いがあるといいと思います。
親の立場ではやきもきすることも多いですが、できることは限られています。うちの長男も「これをやりたい」という割には必死に見えなかったり、伸び悩んでいるように見えたりすることがありました。でも結局、親の手助けなど関係なく、ある時、急に伸びたんです。その結果として今の彼があります。とにかく子ども自身がトライできる環境をつくって、エラーしたときの保護ネットになるつもりで信じて待つ。これが親のすべきことかなと思います。
<プロフィル>
井上芳雄(いのうえ・よしお)/1979年生まれ、福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。2000年にミュージカル「エリザベート」皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、高い歌唱力と存在感で数々のミュージカルや舞台の主演を務める。コンサートの開催、映画やドラマ、音楽・バラエティー番組への出演のほか、近年ではMCを務めるなど活動の場をさらに広げている。
(文=鈴木絢子 写真=グランアーツ提供)

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