■先輩パパ・ママの受験体験記
スタイリスト、編集者としてファッション業界の第一線で活躍する大草直子さん。自身が立ち上げたウェブメディア「AMARC」のブログでは、23歳、18歳、13歳になる3人の子どもを持つ母として、子育てのエピソードなども綴っています。朝日新聞「Thinkキャンパス」の平岡妙子編集長のインタビュー前編では、この春、第一志望の大学に合格した長男の受験を振り返ってもらいました。(写真=左から長女、大草さん、長男、夫、次女/本人提供)
半年で一気に燃えた息子
――大草さんは3人のお子さんとの日常をブログに書かれています。とても素敵な親子関係ですね。
ありがとうございます。実際は、結構てんやわんやですよ(笑)。
――今年の春は長女と長男の2人のお子さんが同時に受験だったそうですが、結果はどうだったのでしょうか?
長女は国立大学の大学院に受かりました。専門は哲学です。とても深く物事を考える子で、コツコツと努力するタイプ。研究者肌なんです。息子は大学受験で、無事に第一志望に合格しました。
――2人とも志望校に合格したんですね。おめでとうございます。大草さんのサポートも大きかったのではないでしょうか。
いえいえ、私は大したことはしていません。今日、長女と買い物に出かけたときに「このあと取材を受けるんだけど、私のサポートは、どこが良かった?」と聞いてみたら、「ほっといてくれたこと」って言われました(笑)。本当に、ところどころ手助けをしただけです。
――息子さんはアメリカ留学の経験があったそうですね。どのような大学受験だったのでしょうか。
中学と高校で1年ずつアメリカに留学していたのですが、帰国生の枠で受験するには要件を満たしていませんでした。高校3年の夏に帰国して、総合型選抜に挑戦するには評定が足りそうにない。そして何より性格を考えて、一般選抜で受験しました。
子どもの性格は大きく分けて、長距離走型と短距離走型があると思っています。うちの場合、長女は時間をかけてコツコツ努力する長距離走型なので、早めにスイッチを入れることで、確実に高校の評定平均を取ってAO入試(総合型選抜)で受験しました。
一方、息子は短距離走型。目標が決まればパッと一気に燃えるけれども、長期間コツコツ努力するのは苦手なタイプです。なので、受験勉強に本腰を入れるのも高校2年あたりからだろうと考えていました。実際、本人にも「高2になったらスイッチを入れて。そこからは全力で行こうよ」と伝えていました。
――結果的にスイッチが入ったのはいつでしたか。
高3の夏にアメリカの留学から帰国した後ですね。実質的な勉強期間は半年しかありませんでしたが、半年だったからこそ、追い込めたんだと思います。1年あったら、逆に無理だったかもしれません。
アドバイスは「鳥の目」で
――半年の受験勉強期間は短いですが、大草さんはどのようなサポートをしたのでしょうか。
受験を乗り切るための作戦を考えました。今の大学受験は制度が複雑なので、作戦を立てることがとても重要です。私はこの作戦を立てることこそが、親が大学受験に関われる唯一の部分じゃないかと思っているんです。
まずは、息子の強みである英語力を最大限に生かせるよう、夏にアメリカから帰国してすぐに英検を受験するように促して、準1級を取得しました。彼は私立文系志望だったので、英検準1級があれば英語の試験が免除になったり、加点されたり、いろいろ有利だったんです。
――それは大きなアドバンテージですね。ほかに立てた作戦はありましたか。
今は文系学部といっても、社会科学部、文化構想学部、コミュニケーション学部……と、私たち親世代のときにはなかった学部がたくさんあって、わかりにくいですよね。そこで、学部選びは知識が豊富なプロの力を借りたほうがいいと思い、長女のときもお世話になったプロの受験カウンセラーにお願いして、息子と面談してもらいました。これは大正解だったと思います。息子の性格を踏まえたうえで、どんな人生にしたいのか、何をやりたいのかを話し合って、「将来は英語力を生かして、海外とつながりのある仕事に就きたい」という息子の希望から逆算。授業内容や留学制度、海外の提携校なども比較したうえで決めました。
――大草さんはどんなアドバイスをしたのでしょうか。
学部の授業内容について、私の知っている情報を伝えたり、話し合ったりはしました。ただし、「この学部を受験しなさい」という言い方はせず、一緒にいろいろな情報を比較検討しながら、「どっちのほうが希望に近い?」と聞く感じでした。
受験には、物事を近距離から見る「虫の目」と、俯瞰して全体を見渡す「鳥の目」が必要で、親に求められるのは「鳥の目」のほうだと思います。鳥の目は経験を積み重ねた大人だからこそ持てる視点です。ですからスイッチを入れる時期とか、入試の方式とか、ところどころ鳥の目が必要な場面ではアドバイスしましたが、勉強のスケジュール管理など、虫の目で見たほうがうまくいくことには極力タッチせず、本人を信じて任せました。

息子からのハグと「ありがとう」
――信じて見守るのは、とても難しいことではないですか。
そうですね。でも、ここぞというところで手紙を書きました。娘、息子にそれぞれ一通ずつしか書いていないのですが、これはすごく効果があった気がします。
――LINEでもメールでもなく、手書きの手紙というのがいいですね。どのようなことを書いたのですか。
長女には、受験勉強で疲れ切っているときに渡しました。当時の彼女は、もうこれ以上は勉強できないだろうというぐらいこ一日中努力していました。だから彼女が楽になれるようにという気持ちを込めて、「ここまでやって合格できなかったら、それはあなたのせいではないよ」ということを書きました。「AO入試で合格できなければ、一般入試を受けてもいいし、そこまで自分を追い詰めなくていいんじゃない?」と。
息子に手紙を書いたのは、受験が迫った年末です。あれ、もしかしてちょっと気持ちが緩んでない?と思ったタイミングですね。彼もアメリカ留学の期間中、孤独を味わったり、ケガをしたり、いろいろあったので、「大変なこともあったけど、ここまで頑張ってきたあなたなら最後までやりきれるよ」と書きました。
――手紙を読んだ2人の反応はどうでしたか。
手紙については何も言われませんでしたが、長女は受験が終わったときに「最後まで信じてくれてありがとう」と言ってくれました。うれしかったですね。息子の場合は、受験後のあるとき、ベッドリネンを洗濯しようとしたら、枕の下から私の手紙が出てきて驚きました。お守りのように感じてくれていたのかもしれません。
――それは感動しますね。息子さんは宝物みたいに大事にして、心の支えにしたんですね。何か言葉はありましたか。
大学入学共通テストが終わった後に、これから受ける私立大の出願書類を書いたり、受験日程の確認をしたりしながら、2人でご飯を食べていたときのことです。息子は、やりきったんだろうな、という顔をしていました。部屋を出るときに、「本当にありがとう」と言って、ハグをしてくれました。でも、あれは何に対する「ありがとう」だったんだろう……。「好きなようにさせてくれてありがとう」なのか、「信じてくれてありがとう」なのか、ちょっとわからないですけど(笑)。
――それは親として、本当にうれしい瞬間ですね。まだ合格をする前にそんなことが言えるなんて、息子さんはすごいですね。
その言葉を聞いてなんとなく「あっ、この子はこの先もう大丈夫だ」と感じました。結果がどうあれ、一人で生きていけるな、と感じました。大学受験は、子どもたちが自分の力で人生を歩んでいけるかどうか、好きなことを見つけて楽しく生きていけるかどうかを親が確認する機会でもある気がします。そういう意味では、受験を一緒に乗り切れたことは、私にとってもいい経験になったと思います。
>>【体験談】「受験もファッションも決めるのは自分」 カリスマスタイリスト・大草直子さんの子育て<後編>
大草直子(おおくさ・なおこ)/ファッションエディター。東京生まれ。立教大学卒業後、出版社でファッション誌の編集に携わる。独立後は編集者、スタイリストとして活動し、洗練されたスタイリングと飾らない人柄が、多くの女性から支持を集める。現在は2019年に立ち上げたウェブメディア「AMARC(アマーク)」で編集長を務め、ファッション、美容などの情報を発信するほか、さまざまなイベント出演や有名ブランドとのコラボ商品を手がけるなど幅広く活躍中。ベネズエラ人の夫と長女、長男、次女の5人家族。
(文=木下昌子、写真=本人提供)

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