■名物教授訪問
好きなアイドル=“推し”のライブに通う。グッズを集める。SNSで語り合う。 今では“推し”が指すそのジャンルや“推し活”のスタイルが多様化して、趣味を超えて一つの文化として定着しつつあります。人はなぜ、これほどの熱量を込めて、好きなアイドルや作品に夢中になるのでしょうか。その「好き」という気持ちは、文化であり、学問にもなります。ファン研究や理論社会学を専門に研究する甲南女子大学社会学部総合社会学科の池田太臣教授に「推し活」を社会学の視点から読み解いてもらいました。(写真=本人提供)
「推し活」の言葉が広がった理由
池田教授によると、「推し」という言葉が広がり始めたのは、2011年以降と思われます。
「それまでもアイドルファンの間では使われていたようですが、女性アイドルグループ『AKB48』の選抜メンバーを決める『AKB48選抜総選挙』などによって、『推しメン』という言葉が広まっていきました。AKB48の場合、ファンだけではなく、運営側も『推し』という言葉を公式に使ったことが、この言葉を有名にした大きな理由です。『推しメン』は、2011年の流行語大賞にノミネートされました」
2021年には、アイドルを推す女子高校生が主人公の宇佐見りん著「推し、燃ゆ」が芥川賞を受賞しました。一方、「推し」に続いて広まった「推し活」(「推し」を応援する活動)については、どこから広まったのか明らかになっていないそうですが、池田教授によると、市販の雑誌上で初めて「推し活」という言葉が使われたのも、2021年でした(新聞紙上では少し早く2019年)。同年、流行語大賞にノミネートされています。
「推し」や「推し活」は、なぜここまで一般化したのでしょうか。池田教授は主に2つの理由があると言います。
「1つは、言葉が持つイメージです。似た言葉に1983年にコラムニストの中森明夫さんが命名した『オタク』がありますが、80年代末の連続幼女誘拐殺人事件の影響などもあり、どこかネガティブなイメージがつきまとう言葉でした。一方の『推し活』は全く異なる文脈で生まれた言葉で、オタクが背負ってきた暗さが全くありません。このため、企業などが商品を宣伝する時の言葉としても明るいイメージで使いやすく、広く使われていったと考えられます」

もう1つは、SNSの普及による活動の可視化です。
「今の推し活は、推しの写真や動画を加工したり、推しのアクスタ(アクリルスタンド)やぬい(ぬいぐるみ)を外に持ち出して写真を撮ったりといった活動をSNSにアップして、多くの人と共有します。オタクはどんな活動をしているのか見えない部分がありましたが、推し活は活動の内容が可視化され、かつ、それが楽しそうに見えることも広まった一因でしょう」
学生と一緒に語れるテーマを
池田教授がこうしたファン研究を始めたのは、甲南女子大学に来てからです。
「社会学の理論が専門で、ドイツの社会学者であるマックス・ウェーバーの理論などを研究していました。約20年前に甲南女子大学に着任し、社会学者がどのように考えてきたのかなどを教えていましたが、なかなか議論になりにくく一方的に話すことが多かったです。もちろん学びですのでそれでもいいのですが、もっと学生と一緒に語れるようなテーマも欲しいと考えていたところ、アイドルや漫画、アニメなど好きなことに没頭している学生が多いことに気づきました。そこで、こうした『オタク』や『ファン』を社会学的にとらえる授業も取り入れたところ、大きな反響がありました。当初は『自分のオタク活動が研究の対象になるんだ』と驚いた反応を見せる学生もいました」

2025年度は2年次の「ポピュラーカルチャー論」を担当し、学生はマーケティングにおけるファンや、英語圏のファン研究の流れなどを中心に学びます。3年次のゼミでは、プリントシール機などの事業を展開する会社と連携し、プリントシールを学生はどんな時に撮るのか、どのようにSNSで共有するのか、推すジャンルによって需要が異なるのか、などの撮影行動を調査しています。インタビューデータを分析することで、プリントシール機で撮影される社会的文脈やそのときの感情などを明らかにしています。
4年次には、各自がテーマを設定し、卒論に向けた研究を行います。
「卒論のテーマの中には、過去の新聞記事から『オタク』という言葉が使われている記事を集めて、その言葉の使われ方の変遷を調べたり、ファン同士のSNS上でのコミュニケーションがサードプレイス(第三の居場所)になっていることを示したりしたものもありました。学生ならではの視点で、私自身も勉強になっています。
私がこのテーマを取り上げてよかったことは、学生から学べることですね。推し活の最前線は彼女たちの方が詳しいです。ですから、研究にも教育にも携わる今のポジションを最大限生かせるテーマと思っています」
好きを知ることは、自分自身を知ること

池田教授が学生に強調して伝えているのは、「研究を通して自分を知ってほしい」ということです。
「なぜ自分がその推しを好きなのかを考えることは、自分を知ることにつながります。そして私は、成長とは他者を知り自分自身を知ることだと考えています。ほかの人たちはどう思っているのか、社会的にはどう見られているのか。そしてそれはなぜなのか。それまで学んだ社会学の知識や技術を生かしてデータを収集し、根拠を示す中で、自分自身のことも理解してほしいと思っています」
推し活は、好きなアイドルに個人的に夢中になるということを超えた、時代を表す文化的な意味合いや、ファン心理、社会的なつながりを生み出す行為と幅広く捉えることによって、学問にもなります。

「何かを好きになるということは、一生懸命になるということです。推し活は単に消費して情報を受け取るだけではなく、ファン同士でつながったり、推しに新たな解釈を加えたり、推しのキャラクターを使って遊んだりと、クリエイティブな活動です。学生のうちは推し活に費やせる時間もありますから、一生懸命取り組めばいい。でもそのなかで、大学で学んだ知見を生かして自分自身を知っていってほしいと思います」
自分を知ることは、将来の道を考えるヒントにもなります。池田教授自身も大学時代に出合った「推し」が、現在の研究者としての道につながっています。
「今は社会学を教えていますが、大学では法学部でした。1年生のときにどの学部でも受けられる教養の授業で社会学を受講し、社会学の面白さを知りました。それからは、社会学の本ばかりを読んでいましたね。その講義をしていた社会学の先生も魅力的な人で、単位にならないのに先生の社会調査に同行することもありました。私にとって著名な社会学者たちやこの先生がまさに『推し』になり、社会学の研究者としての道を歩むことになったというわけです」
進路に悩んでいる受験生には、「ジャンルにとらわれすぎないほうがいい」とアドバイスします。
「例えば社会学部に興味があったとしても、それだけを調べるのではなく、社会学部に近い文学部や心理学部、経済学部などに幅を広げてみるといいと思います。さらに卒業研究の題目リストや内容を調べてみると、大学で研究できることをより具体的にイメージできるのでおすすめです」
<プロフィル>
池田太臣(いけだ・たいしん)/甲南女子大学社会学部総合社会学科教授。熊本大学法学部卒、同大学院文学研究科修士課程修了、神戸大学大学院文化学研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)。神戸大学助手、甲南女子大学講師、准教授を経て2017年教授。専門はファン研究、文化社会学、理論社会学。
(文=中寺暁子、写真=甲南女子大学提供)
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