【大学ゼミ紹介】女王アリの「フェロモン」を研究する 驚きの産卵「分業化」社会

2024/06/25

■特集:大学の人気ゼミ・研究室

アリは、陸上の生態系で最も繁栄しているグループの一つだといわれています。その成功の理由は、お互いが協力し、役割分担をしていることだと考えられています。関西学院大学生命環境学部の北條賢教授の研究室では、アリが持つ組織的社会の仕組みや、他の生物との共生関係について研究しています。大学院理工学研究科1年の宮本萌さんに、研究の様子や研究室の特色について聞きました。(写真=関西学院大学提供)

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■研究室データ■
関西学院大学生命環境学部生物科学科
化学生態学研究室
研究分野:フェロモン、コミュニケーション、動物行動、社会性昆虫
学生:16人(男10人:女6人)(2024年4月時点)

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女王フェロモンで繁殖力を抑制

アリは、女王とその娘 (働きアリ) が集まって組織的な社会をつくる「社会性昆虫」と呼ばれています。北條教授の研究室では、アリ社会の協力関係がどのように生まれているのか、どのように進化してきたのかを研究しています。そのなかで宮本さんが取り組んでいるのが、「クロオオアリにおける女王フェロモンを介した繁殖分業メカニズムの解明」というテーマです。

アリ社会は、個体を生産する女王と、エサを取ってきたり幼虫を世話したりするワーカー(働きアリ)に階級が分かれています。ワーカーも卵巣を持っているので卵を産むことができますが、女王がいると産卵が抑えられ、産むのは主に女王の役割になります。つまり、アリ社会では繁殖が分業化され、役割分担が行われているのです。

研究室では数種類のアリを飼育している。プラスチックケースに石膏を敷いて人工の巣をつくる。中央の大きなアリが女王

では、なぜ女王がいるとワーカーの産卵が抑制されるのでしょうか。宮本さんはこう話します。
「女王が自分の繁殖力に応じて女王フェロモンを分泌し、それをワーカーが知覚することで自分の産卵を抑制しているといわれています。実験では、フェロモンを暴露したワーカーと、暴露していないワーカーの繁殖状態や遺伝子の発現量(遺伝子の情報が機能する形に変換されること)状態を比較します」

学部4年の卒業研究では、人工的につくったアリの巣に、女王とワーカーを入れた実験区と、ワーカーのみで女王がいない実験区を設けて比較しました。頭部をすりつぶしてRNA(遺伝情報の伝達やたんぱく質の合成などを行うリボ核酸)を抽出し、その一部をPCR(DNAサンプルの特定の配列を増やす方法)で増幅させて特定の遺伝子の発現量を調べたところ、確かに違いが見られることがわかりました。

大学院に進んだ今年は、研究をさらに進めて、女王フェロモンの物質を自分で合成して実験に使う予定です。ガラス棒の先に女王フェロモンの物質をつけてアリの巣に差し込み、ワーカーが女王フェロモンを感知できる状態にして調べます。

宮本さん。アリは冬になると活動が衰えるので、秋までに実験を終わらせ、冬にはデータ解析を行えるように計画を立てるという

キャンプ場で、アリの巣探し

実験を始めるには、アリを採取してこなくてはなりません。これが実は大変な作業で、研究室のメンバーが協力し、兵庫県三田市にある大学のキャンプ場などにスコップを持って行きます。巣を見つけて地面を掘っても女王が見つからなかったり、女王を傷つけてしまってコロニーすべてが使えなくなったりして、一日中、格闘しても、全く収穫がないこともあります。

宮本さんが実験に使うのはクロオオアリですが、アミメアリの行動を調べている人もいれば、アリとシジミチョウの共生関係を研究している人もいて、それぞれのテーマに適した種類のアリを使います。クロオオアリは宮本さんを含めて3人の学生が使うので、数百匹規模の巣を3個採集しました。実験の準備をする4月には、毎日のように採集に行ったそうです。

捕まえてきたアリは研究室で飼育します。このような共同作業があるので、別々のテーマを研究している学生同士が関わりを持つことができます。それも研究室の魅力だと宮本さんは言います。
「自分が取りに行ったアリを他の学生が使っていたら、『どんな実験をするの?』と声をかけます。研究テーマや実験方法についても情報交換して、いいところはお互いに取り入れています」

生き物が好きな学生が集まっているので、捕まえてきたヘビを見せてくれる人、研究室でなぜか魚を飼っている人もいます。アリの巣を掘りに行っても、珍しい昆虫がいると、みんな撮影に夢中になってしまうそうです。

失敗から考える、新たな可能性

宮本さんは高校生のとき、目に見えない自分の体内や、昆虫や動物の体の仕組みを知りたいと思い、生物学に興味を持ちました。関西学院大学の理工学部生命科学科※に入学し、4年次に北條教授の研究室に入りました。同研究室が昆虫の生態や行動などの分野から、遺伝子など分子レベルのミクロな分野まで、生理現象を幅広く研究しているところに惹かれたといいます
※2021年4月、理系4学部開設。この学部学科名はこれ以前のものです。

研究を始めてみると、自分が知りたいことを明らかにするには学部だけでは足りないと思い、大学院への進学を決めました。

北條教授との対話は、宮本さんにとって大きな刺激となっています。
「実験で予測通りの結果が出ないと、失敗したと思って落ち込むことがありますが、先生は逆に『こういうことが考えられるんじゃない? こういう可能性があるんじゃない?』とワクワクされているんです。一つの考えに固執するのではなく、物事をいろいろな角度から解釈することが大事なのだと感じました」(宮本さん)

北條教授(右)との対話から実験が進展することも

昨年の実験では、女王がいる実験区で多くのワーカーが卵巣を発達させているという予想外の結果が出てしまい、教授に相談しました。すると、卵が形成される前段階の卵巣と、卵が形成された卵巣を分けて評価することを勧められ、そうしてみると女王存在下のワーカーでは明らかに卵形成が抑制されているという結果になりました。

「こうした経験を通して、自分で考えるだけではなく、先輩や同級生と積極的にコミュニケーションをとるようになりました。『自分はこう思うけど、どうかな?』と意見を聞くと、自分にはなかった視点や考えが必ずもらえるんです」

宮本さんは、修士課程を終えたら食品メーカーで研究開発の仕事をしたいと考えています。また、アリのミルクサプリがつくれないかと妄想しています。ミツバチのローヤルゼリーのように、アリのさなぎがミルクのような物質を分泌するという海外の研究結果があるからと言います。興味はどんどん広がっています。

 

北條賢教授からのメッセージ

小さな前進に喜びを感じて

研究室の指導で大事にしているのは、あまり教えないことです。教える人と教わる人という一方的な関係からは新しい価値は生まれません。大学では、まだわからないことを研究しているので、僕も間違えることがあります。そのときに、それはおかしいとか、よくわからないとか言ってもらいたいし、意見を聞かせてほしい。学生とそういう関係を築くことが重要だと考えています。

大学3年までは、教わる立場から自分で主体的に動けるように変化するための準備期間ですから、研究室を真剣に選ぶのは、大学院に進学するときでも遅くないと思います。

研究室のメンバーのうち、学部を卒業した人のおよそ半数が大学院に進みます。就職先は、学部卒の人はさまざまですが、修士修了の人は農薬、製薬関連を中心に、遺伝子や匂いなどを分析するスキルを生かして、化学系の会社に行く人もいます。

学生には研究成果というゴールだけを目指さないでほしいと思っています。アプローチを変えたら実験がうまくいった宮本さんのように、プロセスの中の小さな前進に喜びを感じられる能力をつけてほしいです。小さな成功の喜びを重ねれば、最終的に結果につながります。昆虫の研究がそのまま仕事になることは少ないのが現状ですが、そういう能力があれば、どこに行っても活躍できると思います。

北條賢(ほうじょう・まさる)教授/専門は化学生態学。アリのコミュニケーションを化学物質・行動・脳・遺伝子レベルで解析し、昆虫社会や種間共生の成り立ちを研究している。京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科博士課程修了。博士(学術)。神戸大学大学院理学研究科特命助教、関西学院大学理工学部准教授、同生命環境学部准教授などを経て、2023年4月から現職。

 

>>【特集】大学の人気ゼミ・研究室

(文=仲宇佐ゆり、写真=関西学院大学提供)

 

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