■特集:大学の人気ゼミ・研究室
早稲田大学政治経済学部のゼミの中でも、その「本気度」で学生たちに人気なのが、高橋遼・准教授の開発経済学ゼミです。学生はデジタル技術を駆使し、エチオピアなどでの現地調査も行いながらデータを収集。そのエビデンスに基づいて、発展途上国の経済成長を促す政策提言を考え、議論し合っています。(写真=2023年エチオピアへのスタディツアーで撮影)
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■研究室データ■
早稲田大学 政治経済学部
開発経済学ゼミ
研究分野:開発経済学、環境経済学
ゼミ生:22人(男9人:女13人) (2024年4月時点)
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ゼミは「失敗が許される場所」
高橋准教授が指導する開発経済学ゼミ。その最大の特徴は、エチオピアやバングラデシュなどの発展途上国を学生らが実際に訪れ、現地でオリジナルのデータを自ら収集・分析して研究することです。ゼミに所属する石川園子さん(4年)も、「このゼミは本気で学びたい人が集まっている場所」と言います。
石川さんは、小学生のときに2年半ほど中国に住んでいました。そこで貧しさから学校に通えなかったり、物乞いをしたりする子どもを目にして、貧困問題に関心を持つようになったそうです。
「学生がゼミに所属するのは2年後期から。ゼミ選びのために『オープンゼミ』で高橋ゼミを見学したのですが、発表者の発言が終わったら、ゼミ生が全員挙手して質問を投げかけ始めたんです。それを見たときにビビッときて、『このゼミにしよう』と決めました」
こうした学生の姿勢はゼミの方針によるものだと、石川さんは後に知ることになります。
高橋准教授は、積極的に発言することを学生に強く求めます。課題の量も多く、就職活動やテストが重なると、学生同士のオンラインミーティングは深夜になることもあります。
石川さんは「高橋先生は冷たく厳しく見せているけど、本当はとても温かいお人柄です」と言います。
「私はどちらかというと消極的なほうで、人前で話すのも苦手でした。でも先生が『学生のうちは失敗が許されているんだよ。恥ずかしいと思う必要も、意見の衝突を恐れる必要もない。ゼミで失敗しても、だれも死にません』と言ってくださいました。貪欲に知識を吸収する先輩や友達の姿にも刺激を受けて、私もウジウジするのはやめようと思ったんです。今は就職活動中ですが、面接などでも積極的な姿勢をほめてもらえるまでになりました」
衝撃を受けた、エチオピアの現実
高橋ゼミでは、3年生と入ったばかりの2年生がペアを組み、先輩が後輩のレポートを添削する機会があります。このレポートで評価されるのは、指導についた3年生のほう。この点からも、高橋准教授の狙いをうかがい知ることができます。
「2年のときは先輩に指導してもらいながら、『自分にはこんな添削はできないんじゃないか』と不安を感じていました。それが3年になって後輩のレポートを見てみたら、直すべきところが山のように見つかって(笑)。1年たって、私もしっかり鍛えられたのだと実感しました」
3年生の計量分析の課題では、4年生がメンターとなって指導します。基本的にグループワークで進む高橋ゼミですが、縦の関係からも多くのことが学べます。
石川さんはこのゼミで、特に「多角的な視点で物事を見る重要性を知った」と言います。きっかけになったのは3年次のスタディツアーでした。
「エチオピアの農村部に行ったのですが、森林伐採が進行して、山の岩肌が見えていました。それまでは本やネットで得た知識で『規制すればいいのでは』と考えていましたが、木を切らなければ暮らしていけない人が数多くいる現実を目の当たりにして、衝撃を受けました。これは教育や雇用、医療の問題が複雑に絡み合っていて、解決が非常に難しい問題です。でもこの体験を経て、発展途上国に貢献したいという思いがより強くなりました」
興味のあるほうへ、素直に
2024年夏、石川さんは高橋准教授やゼミの仲間とカンボジアに赴き、グループワークで実地調査を行う予定です。研究テーマは、「カンボジアにおける女性への信頼度がサプリメント購入に与える影響」。栄養不良やジェンダーギャップについて考える課題で、現地の100軒以上の世帯を対象に、AI(人工知能)や動画も活用しながら調査し、データを集めます。
「(プログラミング言語の)パイソンを使ったプログラミングも行いますが、私も含めてみんな最初は初心者。全員が数字に強いわけではありません。また海外経験のある人もいればそうでない人もいます。ただ、真剣に学びたい、新しいことに挑戦したいという思いはみんな共通していて、切磋琢磨し合えるとてもいい仲間です」
大学選びや進路に迷う高校生に向けては、こんなメッセージを送ります。
「私も自分の勉強したいことがわからなくて、悩んだことがありました。でも大学で学びを深める中でこの研究分野に出合い、今はやりがいを感じています。大学選びやゼミ選びで迷ったとしても、興味のあるほうへ素直に進めばいいんじゃないでしょうか。焦る必要はないと思います」
秋頃には、バングラデシュへのスタディツアーも予定されています。石川さんは「チャンスがあることにはすべて挑戦したい。ぜひバングラデシュにも行ってみたいです」と語りました。
高橋遼・准教授からのメッセージ
「やり切った」と胸を張って卒業
このゼミを希望する学生からは、「大学でこれを学んだと言えるものがほしい」という話を多く聞きます。学生時代を振り返って「もっと勉強すればよかった」と後悔する人はよくいますが、僕のゼミ生はみんな「やり切った」と胸を張って卒業していきます。進路希望はさまざまですが、最終目標として、国連や世界銀行などへの就職を希望する人が多いですね。大学院へ進む人、商社やコンサルタントを目指す人もいます。
ゼミでの学びを通じて、まず身につけてほしいのはコミュニケーション能力です。これはおしゃべりして場を盛り上げるようなスキルではなく、多様な人との関わりの中で「落とし所」を見つける力です。自分とは違う考えの相手とも、互いにリスペクトを持って協働する力をつけてほしい。そしてもう一つ、「自分の軸」を持ってほしいと思っています。僕はたとえ相手が大事にしていることでも、それが間違っていると思ったら指摘します。この「勇気と覚悟」はブレない軸から生まれるものです。特に開発経済学の分野で仕事をするなら、これらの力は欠かせません。発展途上国では、宗教や文化、教育水準や経済状況もまったく異なる人たちと同じ目標に向かって協働しなければならないからです。
これから経済学を学ぼうという人には、師事する教員の業績をしっかり見ることを勧めます。最先端の研究に取り組んでいる教員かどうかは、英語で査読付きの学術論文を書いていることが一つの指標になるでしょう。ただし、大切なのは「だれに学ぶか」だけでなく、自分が「何を得たいか」ということです。ゼミは学生生活を大きく変えるものなので、意欲を持って真剣に学んでください。
高橋遼(たかはし・りょう)准教授/1984年生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科国際協力学専攻博士課程修了。博士(国際協力学)。早稲田大学高等研究所助教、学習院大学経済学部准教授などを経て、2018年から現職。専門は開発経済学、環境経済学。現在の主な研究フィールドはエチオピアやバングラデシュ。
(文=鈴木絢子、写真=早稲田大学提供)
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