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学部や学科の枠を超えて、学びたいテーマを選択できる仕組みを取り入れる大学が増えています。中央大学文学部の「学びのパスポートプログラム」もその一つ。文学部には全部で13の専攻がありますが、これらに所属するのではなく、専攻の学問を自由に組み合わせて学びます。(写真=中央大学提供)
文学部の全専攻分野から自由に科目選択
大学に入ると学部・学科の必修科目を中心に、まずは広く教養科目を学ぶ。学年が上がるにつれ専門科目が増えていき、その領域での学びを深めていく――。これが大学の一般的なカリキュラムのイメージではないでしょうか。
中央大学文学部が2021年度に設置した「学びのパスポートプログラム」のカリキュラムは、こうしたイメージとは随分、異なります。同大学の文学部には13の専攻がありますが、専攻には所属せず、「学びのパスポートプログラム」の学生として入学します。同プログラムには「社会文化系」「スポーツ文化系」の2系統があり、文学部にある国文学、哲学、社会学、心理学、社会情報学などの13の専攻分野から、自分で学びたい科目を選択します。従来の「専攻」の形ではなく、複数分野を横断的に学ぶオリジナルカリキュラムを各自でつくり、学ぶというわけです。
23年5月1日現在、文学部全体の在籍学生数は4183人で、このうち「学びのパスポートプログラム」に在籍する学生の数(1~3年生)は163人となっています。
同プログラムの3年生である穴吹琴里さんに話を聞きました。東京都の高校に通っていた穴吹さんは、「学びたいことはたくさんあるのに、それをすべて学べる学部が見つけられない」と悩んでいました。学びたいことの一つは、小学生の頃から取り組んできた「演劇と学校教育」についてでした。教育学部への進学も検討しましたが、さまざまな分野を横断的に学べる中央大学文学部の「学びのパスポートプログラム」を知り、受験することにしました。入学後は同プログラムの「社会文化系」で歴史学や社会学など幅広く科目を取りました。同時期に祖父が脳梗塞で倒れたことなどから、福祉や生涯学習にも興味を持つようになりました。
穴吹さんは、「演劇が与えるものは年代に応じて変わることを、授業を通して感じています。演劇は子どもには学びを、高齢者には生きる活力を与えることができます。演劇を学校教育に取り入れるだけでなく、子どもから大人までの生涯学習を支えるものとして生かせないかと考えています」と話します。現在は、そうした目的を実践するために必要な社会統計学や調査法も学んでいます。将来は、演劇教育教材の開発も視野に入れています。
「文学部」でスポーツ文化を学ぶ
「スポーツ文化系」は、スポーツ文化についてテーマを決め、「スポーツ社会学」や「運動と心理」「スポーツと地域社会」といった科目群から、横断的に学ぶプログラムです。文学部でスポーツを学ぶことに意外性を感じる人がいるかもしれません。しかし、スポーツは遊びや舞踊、祝祭事までを含む「身体活動文化」であり、スポーツに取り組んだり、見たりすることで、より豊かな人生を送ることができるという点では、音楽や絵と同じ「文化」だと言えます。なお、文学部でスポーツ文化を学ぶことができるのは、中央大学が初めてです。
この点について、スポーツ文化系を担当する加納樹里教授はこう話します。
「授業ではスポーツを幅広い視点からとらえ直し、現代社会が抱えるさまざまな問題の解決に向けて、スポーツがどのように貢献し得るかについて、学びます。こうした学びは多様な学問分野を擁する中央大学の文学部だからこそ可能なカリキュラムと考えています」
このような理由から、スポーツ文化系に向く人は、スポーツが上手である必要はなく、「スポーツに関心があることが重要」と言います。「スポーツ文化、とくに生涯スポーツについては『みる』『ささえる』という形で、スポーツに参画する人が増えることが重要とされています。地域コミュニティーの再生手段としてのスポーツの活用など、多方面に関心を持つ多くの学生さんに、ぜひ来てほしいと考えています」(加納教授)
興味ある科目から新たな発見
「学びのパスポートプログラム」を選択した学生は、1、2年で基礎分野を学び、研究テーマを決めて、3、4年で卒業論文や課題研究に取り組みます。
社会文化系コースを担当する中坂恵美子教授は「学生には参考に、テーマと授業の取り方を示したいくつかの履修モデルを紹介します。また、ガイダンスをこまめに行い、履修の相談にも応じています。ただし、学生が選んだ科目に対して『これはやめたほうがいい』と言ったことはありません。自分が取り組みたいテーマと直接、関係していなくても、興味のある科目を学んでみると、新たな発見があるからです」と話します。
1年次の名物授業の一つが、必修科目である「学びの基礎演習(1)B/文学部の基礎」で、後期は13専攻の教員が一つのテーマに対して週替わりのオムニバス形式で講義を行います。21年度、22年度は「病気・災害と社会」を共通テーマに、「記録された災害史」(日本史学専攻の教員の講義)、「災害後の心理支援」(心理学専攻教員の講義)などを実施しました。
学びたいことがまだ決まっていない人に
「同じテーマでも専攻によって考え方やテーマに対するアプローチはそれぞれ違います。授業を通じて、現在必要とされている広い意味での『多文化共生』や、考え方の違う他者を受け入れるマインドが育つと考えています」(中坂教授)
また、学びを深めているうちに、13専攻の特定の分野のみを専攻したくなった場合は「転専攻」の制度もあります。試験を受けて合格すれば、所属を「学びのパスポートプログラム」から「専攻」に変更できます。
「転専攻は狭き道ですが、条件が合えば、所属を変えないまま専攻の教員の演習で学べる可能性もあります」(同)
中坂教授は、「学びのパスポートプログラム」が向いている学生について、「学びたいテーマが複数の専門領域にまたがっている場合」だけでなく、「学びたいことがまだはっきりと決まっていない人」にも推奨しているといいます。
「テーマが決まっていなくても、学びたいという強い意欲があれば大丈夫です。また、学びたいテーマが入学後に変わっても問題はありません。やりたいことは学ぶ中で、変化していくほうが自然です」
中坂教授は、「学びのパスポートプログラム」を登山に例えると、「他の専攻の学生には目指す高い頂上があって、ルートが用意されているのに対し、『学びのパスポートプログラム』の学生は、目指す場所をまず自分で決めた上で、そこに至るまでのルートを考えていくイメージ」だといいます。意欲はもちろん、あきらめない粘り強さも必要かもしれません。
募集人員50人のうち、10人を総合型選抜(自己推薦入学試験)に充てているのは、こうした適性の部分を確認したいためだといいます。
「ただ、蓋を開けてみると、一般選抜で入った学生もとても意欲的で驚きました。プログラムの意図をよく理解してくれた上で、中央大学文学部を受験する人が多いのではないかと推測しています」
自由度が高い学部横断型の履修プログラムを提供
中央大学と同じような、分野横断型のカリキュラムに取り組む大学は増えています。
新潟大学では、21年から「全学分野横断創生プログラム(NICEプログラム)」を実施しています。学部(主専攻、メジャー)と学科(副専攻、マイナー)を柔軟に組み合わせて学びをデザインできるプログラムです。最も自由度の高い「学修創生型マイナー」では、自己選択方式で14単位以上の修得を目指します。
富山大学の「学部横断型教育プログラム」では、「地域課題解決型人材育成プログラム」(地域への意識を高め、創造的な課題解決能力を育成するプログラム)、「数理・データサイエンス・AI 教育プログラム」、「SDGs教育プログラム」、「ENGINE教育プログラム」(地域において新たな観光・生活産業を創出するトップリーダーを育成する)の四つのプログラムが提供されています。学生はプログラムを選んだ後、提案されている複数の授業から、受けたい科目を選択します。
東京都立大学では23年入学の学生から「文理教養プログラム」をスタートしています。「防災・防疫」「AI・人間」「資源・エネルギー・環境」の三つのテーマがあり、それぞれ教養科目、基盤科目、総合ゼミナールなどで構成されています。
いずれのプログラムも、「時代の変化や社会のニーズに対応できる能⼒の育成」を目指している点が共通しています。さまざまな分野を学びたい、深めたい受験生や、まだ学びたい分野を絞りきれないという人にとって、こうした学びのスタイルは魅力的ではないでしょうか。
(文=狩生聖子)
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