成績がいいので、とりあえず偏差値トップレベルの医学部へ――。医大生・円千森(まどか・ちもり)くんの日常を描いたマンガ『Dr.Eggs』(集英社)がリアルだと話題です。作者の三田紀房先生のほか、作品に協力している研修医1年目のKさん、国立大医学部3年のSさんに、朝日新聞「Thinkキャンパス」平岡妙子編集長が、医学部生活について聞きました。
医学部生の約4割は「何となく」医学部を受験!?
――マンガ『Dr.Eggs』は、主人公の円千森くんが成績がいいというだけの理由で、高校の先生に医学部受験をすすめられ、医学部に入ったところから物語が始まります。
三田先生:医学部の教授をしている友人が、「成績がいいというだけで、医学部に入ってくる学生がけっこういるんだよ」と言っていました。医師になりたいわけではないけれど、勉強ができるから偏差値の高い医学部に挑戦して、将来的に安定する医師免許も取っておこうということのようです。医学部って、医師になりたい人が行くところだと思っていたから意外に感じて、マンガに描きたいと思いました。

――取材に同席している研修医のKさんと医学部生のSさんもうなずいていらっしゃいますね。
Kさん:実際に最初から「医者になる」と決めて医学部に入っている学生は、ひと握りだと思います。「医師になりたいかも」という人もせいぜい3、4割で、円くんと同じように「何となく」が4割くらいでしょうか。
Sさん:同感です。明確なビジョンを持っている医学部生って、かなり少ない印象ですよね。
――それが実態なんでしょうか、驚きますね。お二人はなぜ医学部を受験したのですか。
Kさん:高校2年のときの進路指導がきっかけです。「将来どうする?」と聞かれたところで、やりたいことがない。でも、人の役に立つ仕事をしたくて、医学部のほかに農学部や工学部も考えたものの、人の命を救うことって次元が違うように思えました。高校の先生から「目標が高いのはいいことだ」と背中を押され、1浪して地方の国立大学の医学部に入りました。
Sさん:僕は、円くんタイプかもしれません。それもかなり紆余曲折を経ています。まず、高校3年にして進路に迷い、受験せずに浪人生になりました。そのときに、落ちこぼれが東京大学を目指すマンガ『ドラゴン桜』に感化され、東京大学を目指したものの、手が届きませんでした。あえなく地方の国立大学の理学部に入りましたが、今度はそこで医学部の友人ができ、授業の話を聞くうちに医学部に興味がわいて……。というのは表向きの理由で、東京大学に行けなかったモヤモヤを晴らしたくて、通っていた大学で最高峰の医学部を受験し直したというのが正直なところです。

実習で扱うのは、本物の骨やご遺体
――それぞれにドラマがありますね。『Dr.Eggs』の連載はいま、主人公の円くんが医学部3年生に進級したところです。ここまで入学後の2年間のカリキュラムが描かれていましたが、濃密な授業で驚きの連続でした。お二人は実際にはどんな授業が印象に残っていますか。
Kさん:最初に衝撃を受けたのは、骨学(こつがく)といって、体の基本構造ともいえる骨について学ぶ授業でした。実習で骨を正しく並べるという話は耳にしていたので、高校の理科室にある骨格標本のようなものをパズルみたいに組み合わせるのかと思っていました。ところが実習室で僕らを待っていたのは、立派な木箱に入った本物の骨で、授業は黙祷(もくとう)から始まりました。「これが医学部なんだ」と身の引き締まる思いがした最初の出来事でした。

三田先生:骨から学ぶというのも驚きですよね。しかも、どんなに小さな骨にも名前がついていて、機能とともに覚えないといけない。「骨と骨がカパッとはまる瞬間が何ともいえない」という話もKさんたちから聞いて、作品の中でも人体に興味がわいていくエピソードとして描きました。
Sさん:骨や細胞を細かくスケッチしなくてはいけないのが、僕にはつらかったです。「ここは美術部か!」と突っ込みたくなるくらい。まさか、医学部に入って絵を描かされるなんて……。
Kさん:スケッチした紙の厚みが(20cmくらいの幅に手を広げて)こんなになったよね(笑)。実習の先生によると、ちゃんと勉強して描いているのか、何となく描いているのかがわかるらしいんです。例えば、骨の小さな突起にも、筋肉がつくための役割があったりします。医学部生は「心の目」と呼んでいるのですが、そういった機能や構造を理解していれば、「ここに突起があるはず」と心の目で探して、スケッチにも描けるわけです。
三田先生:「描いて覚える」という意図もあるのでしょうね。医学って先進技術を取り入れつつ、アナログでも必要なところはきちんと踏襲しています。面白いですよね。

命の重みを感じ、覚悟が芽生える解剖実習
――2年次には解剖実習というヤマ場があります。
Kさん:解剖実習は骨学実習以上に衝撃的でした。本人や遺族の意思で献体していただいたご遺体の背中にメスを入れ、皮をはぐところから始めます。仰向けになったご遺体を班のみんなで抱きかかえて、まずはうつぶせにするという作業からスタートします。ご遺体の重みと、やらなくてはいけない使命感とで、あの瞬間に医師になる覚悟が決まったように思います。
Sさん:わかります。各班の解剖台の上に、ご献体が入った袋がズラリと置かれていたあの光景は、きっと一生忘れないですね。生まれて初めてメスを手に持ち、人の体にメスを入れていきました。僕もあの瞬間に、「ついに始まったんだ」という思いがこみあげて、ようやく医学部生になれた気がしました。

――命の重みを感じる5カ月間の解剖実習だった、ということでしょうか。
Kさん:まさしくそうです。筋肉はどうついているのか、血管や神経はどう走っているのかなどと、体の仕組みを知るために人体をとことん解剖していきました。「ものすごいことをしているな」と思うと同時に、「ここまで人の体を使ってやるのだから、ちゃんと勉強しないといけない」という覚悟のようなものが芽生えていく5カ月間でした。
Sさん:とはいえ、課題があるので、「あの血管はどこ?」「あの筋肉を探さなきゃ」と、作業のようになってしまうときもありますよ。
Kさん:そうそう。でも要所要所で、はたと立ち止まって気持ちを新たにするようなことがある。
Sさん:そうですね。解剖実習でいえば、最後にその方の名前などを教えてもらえるのですが、そこで僕たちが解剖していたのは一人の人間であり、医学部生が学ぶために体を提供していただいたことに気づいて、「はっ」と我に返るわけです。一つひとつ学ぶたびに医学への興味や意識が深まり、3年になった今は、「どうしたらいい医師になれるんだろう」ということを考えるようになっています。

――『Dr.Eggs』でも解剖実習の最後に行う、ご献体の合同慰霊祭までを丁寧に描いています。
三田先生:描くからには、できる限り正しい情報を入れるように心がけています。だからハサミを入れる角度一つにしても、医学部生に牛乳パックを使って具体的に教えてもらったり、慰霊祭の日のキャンパスの様子を動画に収めてもらったりしながら、僕も勉強しています。それと同時に、彼らが話す様子から、医学への興味が深まっていくのも感じ取れますので、医学部生のそんな心の動きもリアルに伝えていきたいと思っています。
>>後編 医学部の6年間を充実させるために、欠かせないものとは? 医学部マンガ『Dr.Eggs』の描くリアル【後編】
『Dr.Eggs』プロローグ(一部抜粋)

>>もっと読んでみたい方はこちら(プロローグ~第1話・試し読み)
プロフィール
三田 紀房(みた・のりふさ)/一般企業に就職したのち、漫画家へ転身。代表作に『ドラゴン桜』(講談社)など。ドラマ化もされている同作品では、第29回講談社漫画賞、平成17年度文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞などを受賞している。
(文=竹倉玲子、写真=朝日新聞写真映像部・戸嶋日菜乃、協力=コルク)

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