サッカー日本代表のメンバーとして、オリンピックやワールドカップなどで活躍した宮本恒靖さん。現在は日本サッカー協会の会長として、忙しい毎日を送っています。朝日新聞「Thinkキャンパス」の平岡妙子編集長によるインタビュー後編では、勉強とスポーツの両立についての思いや、高校生と大学生になる2人のお子さんとのエピソードなどを紹介します。
>>【前編】日本サッカー協会会長・宮本恒靖 「スポーツをやっていても、勉強はおろそかにしない」
「文武両道」は特別なことではない
――宮本さんは勉強とサッカーを両立されてきましたが、受験生やその保護者に話を聞くと、部活を続けながら勉強をするのが難しいと感じている人は多いようです。
スポーツと勉強の両立は、ある意味で永遠の課題かもしれませんね。お子さんにとって親御さんは考えを整理する手助けはできるかもしれませんが、最終的に決めるのは本人です。あまり親が口出しすると、その先の人生もずっとそうなってしまいますし、そもそもどんな可能性があるかは、誰にもわからないことです。それに子どもが決めた選択を奪う権利は、親にもありません。
個人的には、文武両道は特別なことではないと思っているので、本人が望むのであれば、部活と勉強のどちらかに絞るのではなく、両方やればいいというのが自分の考えです。そんなの大変だよと言う人がいるかもしれませんが、「大変だから」というのは、自分がやりたいことをあきらめる理由にはなりません。時間の使い方や取り組み方を工夫して、「こうすれば自分が希望する世界に到達できる」という道を探せばいいと思います。
――実際にそれを実践した宮本さんがそう言うと、説得力がありますね。もしサッカーだけに専念していたら、と考えることはありませんか。
自分はサッカーだけに専念する人とは違う道を歩いてきましたが、それはそれでよかったんじゃないかなと思います。自分が勉強のために割いた時間をすべてサッカーのために使っていたら、また違った選手になっていた可能性もあるでしょうが、そうではなかった可能性もあります。一つのことを極める美学があることもわかっていますし、そういう考え方もリスペクトしていますが、やりたいことがあるなら両方、いや3つあるならそれを全部やるために工夫することが大切だと思います。
アップル創業者のスティーブ・ジョブズは、個々の取り組みが人生の中で意外な形でつながっていくことを「ドット(点)をつなぐ」という言葉で表しました。今できる最良の選択をして、それに一生懸命コミットすることが、いつか何かにつながるんじゃないかという思いは、自分も持っています。実際、大学で経済学を学んだことは、選手生活そのものにはつながらなかったかもしれませんが、FIFAマスターで修士を取る際に役立ちました。今、自分が目の前にしていることをしっかりやっていけば、それはいつか必ず自分の可能性を広げることにつながります。だから、あまり複雑に考える必要はないと思います。
――好きなこと、興味があることが見つかっている人には、とても力強いアドバイスですね。ただ最近は、好きなことが見つからずに悩んでいる高校生も、すごく多いようです。
ものすごく好きだとか興味があると自覚はしていなくても、目の前にある何かを選んだのなら、それに興味があるということです。大学時代は確かに人生の一つの分岐点ではありますが、そこで何をしたかが人生を左右するほど決定的なものでもない気がします。どの道を選んでもそこですべてが決まるわけではないので、ひとまず自分が選んだことに対して能動的に関わりながら、可能性を広げていけばいいのではないでしょうか。
「自分にベクトルを向ける」
――厳しいプロスポーツの世界で長年戦ってきた宮本さんから、受験生へのアドバイスはありますか。
サッカー選手がよく使う言葉に、「自分にベクトルを向ける」というものがあります。これは、うまくいかない状況を自分以外のだれかや、何かのせいにせず、自分にできることを考えるということです。例えば、試合で自分を使うか使わないかの判断は監督がすることであって、自分ではどうにもできません。だからそこの部分に焦点を当てて悩んだり腐ったりしない。何をどうすれば自分は試合に出られるのか、そのために自分自身が解決すべき課題は何なのかを考えるのです。もし自分が100%の力で練習に取り組み、あらゆる準備ができていると思うなら、あとは監督に委ねればいいことです。結果がどうあれ、自分ではコントロールできないことに心を乱される必要はありません。
受験生も模試の結果などで一喜一憂することもあるでしょうが、たとえいい点数が取れなかったとしても、そこで自分の苦手分野を分析して復習すれば、必ず成長できます。悪い結果を何かのせいにして、ただ落ち込んでいるだけでは、何も変わりません。
――ところで、大学生の息子さんと高校生の娘さんとは、進路の話はしますか。親として、子育てで大事にしてきたのはどんなことですか。
自分の道は自分で選択するように、ということは伝えてきました。勉強については、小さい頃は見ていましたが、高校生ともなるとそういう機会はありませんね。以前、何げなく息子に「ちゃんと勉強しているの?」と聞いたら、「今まで何も言わなかったのに、突然そんなこと言われても困る」と言い返されました(笑)。息子の大学受験の志望校選びも、最後は自分で決めることなので、息子の気持ちを尊重しながら少し助言をした程度です。
娘は、6月末まで10カ月ほどカナダに留学していました。4カ月と10カ月のコースがあって、初めは4カ月のほうを希望していたのですが、「4カ月では短いんじゃないの」という話をしたら、「じゃあ、10カ月にする」と。今まで家を離れたことがない子だったので、この決断には少し驚きましたね。もちろん、英語力は短期間で急に身につくものではないので、「大切なのはこれから先、どうやって勉強していくかだよ」とは伝えました。
知識はいつか古くなる
――最後に、日本サッカー協会会長としての今後の目標を教えてください。
今までのよかったことは継続しつつ、改善が必要なところはどう変えていくかを考えていきます。やるべきことはたくさんあります。自分は1人でグイグイ引っ張っていくリーダーではなく、例えば4~5人の会議ならば、みんなの意見を聞きながら落としどころを探したいタイプです。サッカー協会は280人ぐらいの組織なので、各自の強みを生かしつつ、一丸となってやっていこうと、スタッフみんなに伝えています。
これまでに築いてきた海外とのネットワークや、FIFAマスターで学んだことも会長の仕事に生かしていくつもりです。ただ、知識は時間とともに古くなるので、アップデートは必須です。常に新しいことを学び続ける必要があるのは、今の仕事だけでなく、コーチも監督も同じこと。その時代の最先端の戦術も、研究されれば使えなくなりますから。どんな立場になっても、学ぶことをやめてはいけないということは、いつも肝に銘じています。
プロフィル
宮本恒靖(みやもと・つねやす)/日本サッカー協会会長。1977年、大阪府生まれ。進学校の大阪府立生野高校を卒業後、同志社大学経済学部に進学するとともに、ガンバ大阪でJリーガーとしてのキャリアをスタート。日本代表選手としてシドニー五輪、AFCアジアカップなどに出場し、2006年開催のFIFAワールドカップドイツ大会では、キャプテンを務めた。11年に現役を引退し、13年、FIFAが主催する大学院、FIFAマスターを修了。18年、ガンバ大阪監督に就任。22年から日本サッカー協会の理事などを務め、24年3月から会長。妻と大学生の息子、高校生の娘の4人家族。
(文=木下昌子、写真=篠塚ようこ)

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